next up previous contents index
次へ: ピーク統計 上へ: 非線型構造の統計モデル 前へ: ガウシアン密度ゆらぎ   目次   索引

プレス・シェヒター理論

密度ゆらぎの線形成長解を球対称モデルにより非線形領域まで外挿し、天体形 成を解析的に記述するモデルが考えられている.一般にゆらぎは球対称ではな いのであるが,ある時期に形成される天体の数密度を見積もるのにこのモデル が用いられ,現象論的によいモデルであることが知られている.これはプレス・ シェヒター理論と呼ばれ,宇宙論的な構造形成理論において広く用いられてい る.

質量が$ M$ から$ M+dM$ の間にあるような天体の,単位体積あたりの数密度 を$ n(M)dM$ とするとき,この$ n(M)$ を質量関数という.プレス・シェヒター理 論はこの関数を解析的に求めるモデルである.まず,ある点のまわり に半径$ R$ の球を考えると,ゆらぎが小さい場合その球の内部に存在する質量 は $ M = 4\pi R^3 \bar{\rho}/3$ である.このように半径と質量が対応し,その球 の内部で密度ゆらぎを平均した量を質量スケール$ M$ のゆらぎ$ \delta_M$ という. ガウシアンゆらぎでは,このような平均操作した量もガウシアン統計にしたが うので,その分布関数は

$\displaystyle P(\delta_M) d\delta_M = \frac{1}{\sqrt{2\pi \sigma^2(M)}} \exp\left( - \frac{{\delta_M}^2}{2 \sigma^2(M)} \right) d\delta_M$ (P.5.33)

で与えられる.ここで $ \sigma^2(M)$ は平均されたゆらぎ$ \delta_M$ の分散であ る.

十分初期のある一点に存在する物質素片が時間発展とともにどうなるかという ことを考える.プレス・シェヒター理論では,その点において線形成長解から 求めた質量スケール$ M$ のゆらぎ$ \delta_M$ がある値 $ \delta_{\rm c}$ を越えた とき,近くに質量$ M$ の天体が形成され,その物質素片はその天体の一部として 取り込まれると考える.この臨界値 $ \delta_{\rm c}$ は, 式(16.3.18)で与えられる球対称モデルの崩壊点を与える線形ゆらぎの 値 $ \delta_{\rm c} \simeq1.69$ が通常用いられる.この臨界値を越える領 域P2の 割合は質量スケールの関数として

$\displaystyle P_{>\delta_{\rm c}}(M) = \int_{\delta_{\rm c}}^\infty P(\delta_M) d\delta_M = \frac{1}{\sqrt{2\pi}} \int_{\delta_c/\sigma(M)}^\infty e^{-x^2/2} dx$ (P.5.34)

となる.すると,質量が$ M$ よりも大きな天体へ取り込まれた物質の量は,単位 体積あたり $ \bar{\rho} P_{>\delta_{\rm c}}(M)$ である.ここで,質量 が$ M$ から$ M+dM$ の間に形成された天体に取り込まれる単位体積あたりの物質の 質量は $ \bar{\rho} P_{>\delta_{\rm c}}(M)$ $ \bar{\rho}P_{>\delta_{\rm
c}}(M+dM)$ の差で与えられるが,この量は質量関数を用いて$ n(M)MdM$ とも 書くことができる.ただしここでは一度形成された天体がより大きな天体にさ らに取り込まれるというプロセスを無視しているP3. また,このままの考え方では,もともとゆらぎが負、 すなわち密度が平均密度よりも低い領域にある質量素片はいつまでたっても天 体に取り込まれないことになってしまう.時間が十分経過して$ \sigma(M)$ が十 分に大きくなる極限で式(16.5.34)は$ 1/2$ に近づく.これでは, 宇宙に存在する物質の半分は永遠に天体形成に寄与しない.プレス・シェヒター 理論では,上のように見積もられる天体形成に取り込まれる質量を,単に2倍す るという処方で,この問題を回避する.こうして,

$\displaystyle n(M) M dM = 2 \bar{\rho} \left\vert \frac{dP_{>\delta_{\rm c}}}{dM} \right\vert dM$ (P.5.35)

という方程式が得られる. 式(16.5.34)と式(16.5.35)により,プレス・ シェヒター質量関数は

$\displaystyle n(M) = \sqrt{\frac{2}{\pi}} \frac{\bar{\rho}}{M^2} \left\vert\fra...
..._{\rm c}}{\sigma(M)} \exp\left(-\frac{{\delta_{\rm c}}^2}{2 \sigma^2(M)}\right)$ (P.5.36)

となる.

簡単な場合として,ゆらぎの分散が巾乗の形 $ \sigma(M) \propto
M^{-\alpha}$ で与えられるときを考えてみる.これはゆらぎのパワースペクト ルが巾乗の形 $ P(k) \propto k^n$ で与えられる場合に対応し,そのべき指数の 関係は式(6.6.135)と同様の関係により, $ \alpha = (n+3)/6$ となる. このとき,式(16.5.36)の質量関数の形は

$\displaystyle n(M) = \frac{2}{\sqrt{\pi}} \frac{\bar{\rho}\alpha}{{M_*}^2} \lef...
...M_*}\right)^{\alpha - 2} \exp\left[-\left(\frac{M}{M_*}\right)^{2\alpha}\right]$ (P.5.37)

となる.ここで$ M^*$ $ \sigma(M^*/2^{1/(2\alpha)}) = \delta_{\rm c}$ で定義 される質量であり,これより大きな質量の天体の数は指数関数的に少なくなっ ていることがわかる.

プレス・シェヒター理論によると線形理論の外挿によって,非線形な天体形成 を現象論的に扱うことができる.特に銀河や銀河団の形成を調べる解析的なモ デルとして広く使われている.プレス・シェヒター理論により予言される天体 形成率は時間的な発展も含めて$ N$ 体シミュレーションと比較してもよい一致を 示す.上に述べたようにプレス・シェヒター理論には理論的に正当性の明らか ではない処方をいくつか含んでいる.このため,この理論を信頼して使うこと のできる理由は,$ N$ 体シミュレーションの結果をよく再現するというところ にある.



Footnotes

... 域P2
ここでいう領域とは、ラグランジュ空間における領域である.
... らに取り込まれるというプロセスを無視しているP3
これはプレス・シェ ヒター理論におけるクラウド・イン・クラウド問題と呼ばれる.この問題を 回避するため,確率過程微分方程式を解くことによってこの確率を評価する 試みもある(Bond et al., Astrophysical Journal, 379, 440 (1991). ).

next up previous contents index
次へ: ピーク統計 上へ: 非線型構造の統計モデル 前へ: ガウシアン密度ゆらぎ   目次   索引

Copyright©2004-2010Takahiko Matsubara, All rights reserved.
visitors, pageviews since 2007.5.11