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宇宙の熱平衡化

上で得た一様等方宇宙の光子のボルツマン方程式(9.3.101)の応用とし て,晴れ上がり以前の宇宙の熱進化における光子と物質の熱平衡化のプロセス を調べてみる.まず,光子のエネルギー密度は

$\displaystyle \rho_\gamma = 2\int \frac{d^3p}{(2\pi\hbar)^3} cp f(p)$ (I.3.107)

で与えられる.光子の温度がどのように定義するのが自然であるのかを考える ため,平衡状態の分布関数

$\displaystyle f_{\rm eq}(p) = \frac{1}{e^{cp/k_{\rm B} T} - 1}$ (I.3.108)

における温度$ T$ を考える.すると,

$\displaystyle \frac{\partial}{\partial p} f_{\rm eq}(p) = - \frac{c}{k_{\rm B} T} f_{\rm eq}\left(1+f_{\rm eq}\right)$ (I.3.109)

となるから,部分積分により,

$\displaystyle \int \frac{d^3p}{(2\pi\hbar)^3} p^2 f_{\rm eq}\left(1+f_{\rm eq}\right) = \frac{2 k_{\rm B} T}{c^2} \rho_\gamma$ (I.3.110)

となる.そこで,非平衡状態においてもこの最後の式を光子の温度の定義と考 えることにするのが自然である:

$\displaystyle T_\gamma \equiv \frac{c^2}{2 k_{\rm B} \rho_\gamma} \int \frac{d^3p}{(2\pi\hbar)^3} p^2 f(p) \left[1+f(p)\right]$ (I.3.111)

この準備の下,式(9.3.101)に$ cp$ をかけてから$ d^3p$ 積分をすると, 適切な部分積分の後,

$\displaystyle \frac{d \rho_\gamma}{dt} + 4 H \rho_\gamma = \frac{4 n_{\rm e} \sigma_{\rm T}}{m_{\rm e}c} \rho_\gamma k_{\rm B} \left(T_{\rm e} - T_\gamma \right)$ (I.3.112)

を得る.この式はWeymannにより初めて導かれたI5.この式は電子の温度が光子の温度よりも高ければ 電子が光子を暖めることを表している.あるいは逆に電子の温度が低ければ光 子は電子によって冷やされることになる.

いま,簡単な近似として,宇宙の物質は完全にイオン化した水素原子のみから 成っているものとする.すると,物質は同数の電子$ e$ と陽子$ p$ のプラズマ状 態にあって,お互いに強く相互作用して同じ温度$ T_{\rm e}$ をもつと考える ことができる.すると,エネルギー密度はそれぞれ $ \rho_{\rm e} = m_{\rm
e} n_{\rm e} + 3n_{\rm e} k_{\rm B} T_{\rm e}/2$ , $ \rho_p = m_p n_{\rm
e} + 3n_{\rm e} k_{\rm B} T_{\rm e}/2$ で与えられ,圧力は $ p_{\rm e} =
n_{\rm e} k_{\rm B} T_{\rm e}$ , $ p_p = n_{\rm e} k_{\rm B} T_{\rm e}$ で与えられる.したがってプラズマのエネルギー密度と圧力は

$\displaystyle \rho_{\rm m}$ $\displaystyle =$ $\displaystyle m_p n_{\rm e} + 3 n_{\rm e} k_{\rm B} T_{\rm e}$ (I.3.113)
$\displaystyle p_{\rm m}$ $\displaystyle =$ $\displaystyle 2 n_{\rm e} k_{\rm B} T_{\rm e}$ (I.3.114)

である.ただし,電子の質量は陽子の質量に比べて無視できるので落とした. さて,膨張宇宙ではマクロな観点からエントロピー保存則(3.1.14)すな わち,

$\displaystyle \frac{d\rho}{dt} = - 3H (\rho + p)$ (I.3.115)

が成り立つので,これに $ \rho = \rho_m + \rho_\gamma$ , $ p = p_m +
p_\gamma$ と式(9.3.114)および $ p_\gamma =
\rho_\gamma/3$ を代入して,

$\displaystyle \frac{d\rho_{\rm m}}{dt} + 3H \rho_{\rm m} = -\left( \frac{d\rho_\gamma}{dt} + 4H \rho_\gamma \right) - 6H n_{\rm e} k_{\rm B} T_{\rm e}$ (I.3.116)

を得る.一方,トムソン散乱の前後で電子の数は変化しないので,共動体積あ たりの電子数は保存し, $ dn_{\rm e}/dt + 3H n_{\rm e} = 0$ が成り立つ.し たがって,式(9.3.113)より

$\displaystyle \frac{d\rho_{\rm m}}{dt} + 3H\rho_{\rm m} = 3 n_{\rm e} k_{\rm B} \frac{dT_{\rm e}}{dt}$ (I.3.117)

が成り立つ.したがって式(9.3.112), (9.3.116), (9.3.117)により,電子の温度変化の式

$\displaystyle \frac{dT_{\rm e}}{dt} + 2H T_{\rm e} = \frac43 \frac{\sigma_{\rm T} \rho_\gamma}{m_{\rm e}c} \left(T_\gamma - T_{\rm e}\right)$ (I.3.118)

が導かれる.この式はもし光子の温度の方が大きければその分電子が暖められ, 逆に光子の温度が小さければ電子が冷まされることを表している.いずれにし ても電子の温度は光子の温度に近づこうとする.左辺の第2項は,自由な非相 対論的粒子の運動エネルギーが宇宙膨張によって $ \propto a^{-2}$ で減少する ことから来る,まさつ項となっている.

光子とバリオンの数は式(4.6.62)から8桁以上の違いで光子の方が多 い: $ n_\gamma \gg n_{\rm e}$ .すると光子の光学的厚さ $ \tau_\gamma =
n_{\rm e} \sigma_{\rm T} c t$ と電子の光学的厚さ $ \tau_{\rm e} =
n_\gamma \sigma_{\rm T} c t$ では, $ \tau_\gamma \ll \tau_{\rm e}$ とな るので,決まった時間内にある電子がまわりの光子に散乱される回数は,ある 光子がまわりの電子に散乱される回数よりも圧倒的に多くなる.したがって, 光子のエネルギー分布関数を変化させることは,電子の分布関数を変化させる よりもずっと難しくなる.すると,光子は平衡状態からさほどずれていないと 期待できるので,式(4.1.8) による

$\displaystyle \rho_\gamma \simeq \frac{\pi^2}{15} \frac{(k_{\rm B} T_\gamma)^4}{\hbar^3 c^3}$ (I.3.119)

と近似できる.宇宙膨張が無視できるような時間スケールにおいて, 光子の 温度はほぼ一定値をとるのに対して電子の温度はより大きく変化する.すると 式(9.3.118)の時間変化のスケールは,

$\displaystyle t_{\rm e} = \frac34 \frac{m_{\rm e}c}{\sigma_{\rm T}\rho_\gamma} ...
...imes 10^{-18} \left(\frac{m_{\rm e}c^2}{k_{\rm B} T_\gamma}\right)^4 {\rm sec.}$ (I.3.120)

となる.赤方偏移$ z$ のとき $ T_\gamma = (1+z)^4 T_0$ , $ T_0 = 2.725 K$ だか ら,この時間スケールは

$\displaystyle t_{\rm e}(z) = 7.38 \times 10^{19} (1+z)^{-4} {\rm sec.}$ (I.3.121)

となる.例えば $ z \sim 1000$ では, $ t_{\rm e} \sim 7.38 \times 10^7\
{\rm sec.} = 2.33 {\rm yrs}$ となって,この時点での宇宙年齢 $ \sim 10^5\
yrs$ よりも十分短い.宇宙年齢は輻射優勢時 $ (1+z)^{-2}$ の依存性,物質優 勢時 $ (1+z)^{-3/2}$ の依存性だから,いずれにしても晴れ上がり以前は宇宙年 齢よりも$ t_{\rm e}$ の方が十分短い.こうして光子と物質は強く結合して同 じ温度に保たれるのである.

次に晴れ上がり以後の宇宙を考えてみる.晴れ上がり以後は電子は陽子と結合 して,中性水素となる.だが,わずかの割合の電子は相手が見付からずに自由 なままとどまる.この自由電子の数の割合を$ z$ の関数として $ X_{\rm e}(z)$ とする.この関数は大まかに式(4.7.70)の解として求まり,十分$ z$ が 小さくなると $ X_{\rm e} \sim 2.5\times 10^{-5}$ という量になる.自由電子の 数密度$ n_{\rm e}$ は中性水素の数密度$ n_{\rm H}$ により, $ n_{\rm e} =
X_{\rm e} n_{\rm H}$ で与えられる.このわずかな自由電子は晴れ上がり後も 背景放射の光子と衝突してエネルギーをやりとりし,また自由電子は他の中性 水素やイオン化原子などと強く相互作用している.結局光子は晴れ上がり以後 も多少は物質と結合していることになる.この効果を見積もってみる.いま物 質の運動エネルギーのほとんどは中性水素によって担われている.そこで中性 水素の数密度を$ n_{\rm H}$ とすると物質のエネルギー密度と圧力は

    $\displaystyle \rho_{\rm m} = m_p X_{\rm e} n_{\rm H} + \frac32 n_{\rm H} k_{\rm B} T_{\rm e}$ (I.3.122)
    $\displaystyle p_{\rm m} = n_{\rm H} k_{\rm B} T_{\rm H}$ (I.3.123)

としてよい.ここで,中性水素の温度$ T_{\rm H}$ は十分な相互作用により電子の温 度$ T_{\rm e}$ に等しいものと考える.すると,式(9.3.115)から式 (9.3.118)までと同様の計算を繰り返して,

$\displaystyle \frac{dT_{\rm H}}{dt} + 2HT_{\rm H} = \frac83 \frac{\sigma_{\rm T} \rho_\gamma X_{\rm e}}{mc} (T_\gamma - T_{\rm H})$ (I.3.124)

を得る.したがって,この場合の温度の時間変化のスケールは

$\displaystyle t_{\rm H} = \frac38 \frac{m_{\rm e}c}{\sigma_{\rm T}\rho_\gamma X...
...e}c^2}{k_{\rm B} T_\gamma}\right)^4 = 1.48 \times 10^{24} (1+z)^{-4} {\rm sec.}$ (I.3.125)

である.この時間変化のスケールが宇宙年齢と比較して短ければ光子のエネル ギーが物質へ流れ込むことができる.物質優勢期の宇宙年齢は式 (3.6.75)で与えられるので,その条件は

$\displaystyle z \simeq 550 {{\mit\Omega}_0}^{1/5} h^{2/5}$ (I.3.126)

よりも以前となる.したがって,宇宙の晴れ上がりの時点 $ z \sim 1000$ 以後も しばらくは背景放射と物質はほぼ同じ温度で冷却している時期がある.その後 は独立に $ T_{\rm\gamma} \propto a^{-1}$ , $ T_{\rm H} \propto a^{-2}$ の ように冷却していくことになる.



Footnotes

... を得る.この式はWeymannにより初めて導かれたI5
R. Weymann, Phys. Fluids, 8, 2112 (1965)

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