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次に,電子と光子が散乱されるプロセスを考える.このプロセスはコン
プトン散乱(Compton scattering)と呼ばれる.ここでは演算子を用いた計算
を始めから行うことなく,上で導いたファインマン則の応用例としてファイン
マン図から不変散乱振幅を求めることからはじめる.このプロセスにおいて可
能なファインマン図は図8.8の2つである.
図 8.8:
コンプトン散乱に対するファインマン図
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ここからファインマン則によって不変散乱振幅を求めると,
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![$\displaystyle \qquad\qquad\qquad\qquad
\left. + \
\overline{u}_{s_4}({\mbox{\b...
...{\lambda_3}^*({\mbox{\boldmath$k$}}_3)
u_{s_2}({\mbox{\boldmath$k$}}_2)
\right]$](img2373.png) |
(H.7.442) |
となる.ここで,括弧内第一項の電子の伝播関数の部分は
 |
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(H.7.443) |
となる.ここで,
,
はそれぞれ入射光子と入射電子の4元運動量で
あるから
,
を満たすことを用いた.第二
項についても同様であり,不変散乱振幅は
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![$\displaystyle \qquad\qquad\qquad\qquad\qquad
\left. -\
\ooalign{\hfil/\hfil\cr...
...{\lambda_3}^*({\mbox{\boldmath$k$}}_3)
\right]
u_{s_2}({\mbox{\boldmath$k$}}_2)$](img2380.png) |
(H.7.444) |
と書き直すことができる.
この散乱振幅を一般の座標系で計算するのはかなり面倒なので,始状態の電子
が静止している実験室系で考えることにする.この場合,入射光子の運動量の
向きに
軸をとると
,
となる.この座標で偏極ベクトルとして式
(8.4.195)-(8.4.199)のようにとる.すると,偏極ベクトル
は実の量であり,また横偏極ベクトルは
,
成分しか持たないから,入射
光子の横偏極ベクトルは入射粒子のどちらとも垂直になる:
 |
(H.7.445) |
始状態の電子は静止しているので,ゼロ成分を持たない横偏極ベクトルとは垂
直であり,さらに散乱光子の横偏極ベクトルも自分自身の波数ベクトルとは垂
直であるから次の式が成り立つ:
 |
(H.7.446) |
入射光子,散乱光子ともに自由な実光子であるから横偏極成分しかなく,
,
のとり得る値は
のみであるから,この座標系
では上の関係式は以下いつでも用いてよい.
この座標系のもと,式(8.7.444)の括弧内第一項で分子の部分とそこか
ら右にかかっている因子の部分に着目する.
行
列の順序を反交換関係により交換して計算すると,
となる.ここで,最後の等式では式(8.7.445)および,ディラック方程
式(8.4.160)を用いた.同様に第二項についても
 |
(H.7.448) |
となる.ここで実の偏極ベクトルを選んでいることを使った.こうして不変散
乱振幅(8.7.444)は次のように簡単化する:
![\begin{equation*}{\cal M}_{\beta\alpha} = - \hbar c e^2 \overline{u}_{s_4}({\mbo...
...$k$}_3}{2 k_2 \cdot k_3} \right] u_{s_1}({\mbox{\boldmath$k$}}_1)\end{equation*}](img2392.png) |
(H.7.449) |
この振幅の絶対値2乗について電子のスピンの和をとる.光子の偏極について
はいまはそのまま残しておくことにする.以下,繁雑になるので,
,
などのように略記する.計算の方針は
行
列の反交換関係(8.4.132)を用いて変形して
行列の数をなる
べく減らしていくことである.つまり,式(8.7.430),
(8.7.431)
| |
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(H.7.450) |
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(H.7.451) |
を使って変数を交換していく.
まず,第一項の絶対値2乗から出てくる因子として,
| |
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![$\displaystyle \qquad =
{\rm Tr}\left[
\ooalign{\hfil/\hfil\crcr$\varepsilon$}_3...
...oalign{\hfil/\hfil\crcr$\varepsilon$}_3 \ooalign{\hfil/\hfil\crcr$k$}_4
\right]$](img2396.png) |
(H.7.452) |
と計算される.ここで,最後の等式では,
であること,さらに奇数個の
行列のトレースが消える
ことを用いた.さらに式(8.7.430), (8.7.431)を使って,
中の因子の次の部分の計算ができる:
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| |
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(H.7.453) |
ここで,3番目の等式では式(8.7.445)の
を用い,最後の等式では式(8.4.196), (8.4.197)から出
る
を用いている.したがって式
(8.7.452)は上式と式(8.7.415)を用いて
と計算できる.ここで式(8.7.446)とエネルギー運動量の保存から,
散乱光子の偏極ベクトルと散乱電子の運動量の内積は
 |
(H.7.455) |
となるので,
![\begin{equation*}\sum_{s_2, s_4} \left\vert \overline{u}_4 \ooalign{\hfil/\hfil\...
...ot k_2) \left[ 2(\varepsilon_3\cdot k_1)^2 - k_1\cdot k_4 \right]\end{equation*}](img2406.png) |
(H.7.456) |
が得られる.
同様に,式(8.7.449)の第二項の絶対値2乗を計算できるが,この項は
始めの項を
と置き換えたものなので,式
(8.7.454)まではこの置き換えによる式がそのまま成り立つ.
![\begin{equation*}\sum_{s_2, s_4} \left\vert \overline{u}_4 \ooalign{\hfil/\hfil\...
...t k_4) - (\varepsilon_1\cdot\varepsilon_1) (k_3\cdot k_4) \right]\end{equation*}](img2408.png) |
(H.7.457) |
散乱光子の偏極ベクトルと散乱電子の運動量の内積はこの場合には
 |
(H.7.458) |
となるので,
![\begin{equation*}\sum_{s_2, s_4} \left\vert \overline{u}_4 \ooalign{\hfil/\hfil\...
...ot k_3) \left[ 2(\varepsilon_1\cdot k_3)^2 + k_3\cdot k_4 \right]\end{equation*}](img2410.png) |
(H.7.459) |
が得られる.
次にクロス項の計算が必要である.必要な項は
である.この計算も同じようにして
行列を反交換しながら数を減らし
ていけばよいが,より多くのステップが必要である.ここで,上の式で
と置き換えると多少計算が簡単化する.あとは単調に計算す
ることにより,
| |
|
![$\displaystyle \sum_{s_2, s_4}
\left[
\overline{u}_4
\ooalign{\hfil/\hfil\crcr$\...
...{\hfil/\hfil\crcr$\varepsilon$}_3
\ooalign{\hfil/\hfil\crcr$k$}_3
u_2
\right]^*$](img2415.png) |
|
| |
|
 |
(H.7.461) |
という結果を得る.もう一方のクロス項は上式の複素共役で与えられるが,上
式は実であるから全く同じである.以上の結果を合わせることにより,
という結果を得る.ここで、始状態と終状態の4元運動量が質量殻上にあるこ
と、すなわち
,
である
ことを使うと、関係
および
によりそれぞれ
および
が従う。こうして結局
![$\displaystyle \sum_{s_2, s_4} \left\vert{\cal M}_{\beta\alpha}\right\vert^2 = 2...
...\cdot k_2}{k_2 \cdot k_3} + 4 (\varepsilon_1 \cdot \varepsilon_3)^2 - 2 \right]$](img2424.png) |
(H.7.463) |
となる。
さて,2体反応の散乱断面積の式(8.6.357)は便利な形をしているが,
重心系で導かれたものである.いま,実験室系において計算しているので,実
験室系での散乱断面積を不変散乱振幅を使って表す式が必要である.このため
には,式(8.6.357)を実験室系へローレンツ変換すればよい.実験室
系は重心系に対して重心系の入射電子の速度と同じ速度で動いている座標系で
ある.したがって対称性から
方向へはローレンツ変換を受けないので,
重心系と実験室系の散乱立体角をそれぞれ
,
とすると,その変換のヤコビアンは
 |
(H.7.464) |
である.ここで,
,
はそれぞれ重心系と
実験室系での散乱角である.したがってこの2つの系の間の角度
の変
換を求めればよいことになる.波数ベクトルの形は重心系において
| |
|
 |
(H.7.465) |
| |
|
 |
(H.7.466) |
また,実験室系において
| |
|
 |
(H.7.467) |
| |
|
 |
(H.7.468) |
と書ける.ここで,実験室系は重心系に対して、重心系の入射電子と同じ速度
で動いている.重心系での入射電子の速さは
で与えられる.この速度を実験室系での波数ベクトルで表
すため,ローレンツ不変量
を両方の系で計算して等しいとお
くことにより,
 |
(H.7.469) |
を得る.したがって,実験室系は重心系に対して
軸の負の方向へ速さ
 |
(H.7.470) |
で運動している.したがって散乱光子の
軸方向のローレンツ変換は
 |
(H.7.471) |
で与えられ,これを極座標で書いて式(8.7.470)を代入すれば,
 |
(H.7.472) |
となる.
ここで,重心系におけるエネルギー保存から,
であることが従い,これと式(8.7.469)から,
 |
(H.7.473) |
であることがわかる.また,入射,散乱粒子が質量殻上にあることと関係
により,
が従うが,この式へさらに
を代入して
を使うと,
 |
(H.7.474) |
を得る.この関係を実験室系の式(8.7.467), (8.7.468)を代
入することにより,
 |
(H.7.475) |
を得る.これは実験室系において,入射光子と散乱光子の波数の関係,すなわ
ち振動数の関係をあたえるコンプトンの公式(Compton's formula)である.式
(8.7.473)と式(8.7.475)を式(8.7.472) へ代入する
ことにより,実験室系での入射光子の波数
のみを用いて
と
の関係が求まる.これを微分
することにより角度のヤコビアンが求まり,その結果
 |
(H.7.476) |
となる.
重心系での入射粒子のエネルギーの和は次のようにローレンツ不変量を通じて
実験室系の量で表される:
 |
(H.7.477) |
また,重心系のエネルギー保存により
であったから,重心系の散乱断面積の公式
(8.6.357)は,いまの場合,
 |
(H.7.478) |
ここで,電子のスピン状態を考えないものとして,入射電子のスピンについて
平均をとり,散乱電子のスピンについて和をとった.
また,不変散乱振幅の式(8.7.463)は実験室系の量
(8.7.467), (8.7.468)を用いて,
![$\displaystyle \sum_{s_2, s_4} \left\vert{\cal M}_{\beta\alpha}\right\vert^2 = 2...
...math$k$}}_3^{\rm L}\vert} + 4 (\varepsilon_1 \cdot \varepsilon_3)^2 - 2 \right]$](img2452.png) |
(H.7.479) |
と表される.したがって式(8.7.464), (8.7.476),
(8.7.478), (8.7.479)によって実験室系での散乱断面積の最
終的な表式
![$\displaystyle \left.\frac{d\sigma}{d{\mit\Omega}}\right\vert _{\rm Lab} = \frac...
...math$k$}}_3^{\rm L}\vert} + 4 (\varepsilon_1 \cdot \varepsilon_3)^2 - 2 \right]$](img2453.png) |
(H.7.480) |
を得る.あるいは,入射光子の振動数
と光
子の進行方向に垂直方向を向いた3次元偏極ベクトル
,
とし,また散乱光子に対するそれらを
,
とすると,入射,散乱光子の偏極ベクトルは時間成分を
もたないから,
![$\displaystyle \left.\frac{d\sigma}{d{\mit\Omega}}\right\vert _{\rm Lab} = \frac...
...{\boldmath$\varepsilon$}} \cdot {\mbox{\boldmath$\varepsilon$}}')^2 - 2 \right]$](img2458.png) |
(H.7.481) |
とも表せる.この式はクライン・仁科の公式 (Klein-Nishina
formula)H13と呼ばれている.ここで,散乱光子の振動数は式(8.7.475)
すなわち,
 |
(H.7.482) |
を通じて入射光子の振動数と散乱角に関係している.ここで入射光子のエネル
ギーが電子の静止エネルギーに比べて小さい極限
では,
となって振動数の変化が無視できる.このときには散乱断
面積が
 |
(H.7.483) |
となるが,これは古典電子による輻射の散乱を表すトムソン散乱公式
(Thomson's scattering formula)に一致する.トムソン散乱公式では,断面
積が光子のエネルギーに依らないが,量子効果が加わったクライン・仁科の公
式では,エネルギー依存するようになるという特徴がある.
最後に光子の偏極についても考えない場合,すなわち入射光子の偏極について
平均し,散乱光子の偏極について和をとった式を導いておく.偏極ベクトル
,
はそれぞれ
,
に垂直な単位ベクトルである.そこで入射光子の波数ベクトルに
より,式(8.4.197)-(8.4.199)のように作った完全系,
(
)および,散乱光子の波数ベクトルにより
作った
(
)を導入する.どちらも完全系をな
すので,
,
および,プライムのついた同様の式が成り立つ.このことを用い
ると,偏極ベクトルの部分は次のように計算できる:
これを式(8.7.481)において入射光子の偏極ベクトルの平均,および
散乱光子の偏極ベクトルの和をとったものに用いれば,偏極ベクトルの部分は
上式の
倍に置き換わり,他の部分は単に2倍されるから,
![$\displaystyle \left.\frac{d\sigma}{d{\mit\Omega}}\right\vert _{\rm Lab} = \frac...
... \frac{\omega'}{\omega} + \frac{\omega}{\omega'} - \sin^2\theta_{\rm L} \right]$](img2476.png) |
(H.7.485) |
となる.この式でも古典極限
をとると,
 |
(H.7.486) |
となり,偏極のない場合のトムソン散乱断面積に帰着する.この式を全立体角
で積分した全断面積
 |
(H.7.487) |
は全トムソン断面積である.
Footnotes
- ... formula)H13
- O. Klein and Y. Nishina, Z. Phys. 52, 853
(1929)
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