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生成されたゆらぎのスペクトル

上のようにスカラー場の量子ゆらぎは計算されるが,我々が観測する宇宙の構 造は古典ゆらぎであるからこの量子ゆらぎが古典ゆらぎと関係づけられる必要 がある.このスカラー場の量子ゆらぎがどこかで古典ゆらぎに転化するものと 考えられるが,一般に量子論において量子的状態が古典的状態に転化する機構 は理論的に最も不明瞭な部分である.通常の量子論では観測行為に対して確率 解釈が採用されて,物理量の古典化について詳細な機構を論じることなしに観 測量に対する理論的予言がなされるように構成されている.現在の宇宙におい てゆらぎは古典的に振る舞っていると考えられるので,インフレーションの終 りには量子ゆらぎは古典化していると考えられる.だが,この場合には観測行 為が行われることなしにゆらぎが古典的にならねばならない.この点について, 通常インフレーション模型においてはハッブル半径に対応する長さよりも短い スケールに発生する量子ゆらぎが,インフレーションによる膨張によってハッ ブル半径よりも長いスケールのゆらぎとなることによりゆらぎが凍り付いて古 典的に振る舞うようになると仮定する.するとその古典化したゆらぎが曲率ゆ らぎ(11.2.41)を導き,インフレーションが終わるとこれが再びハッ ブル半径の中に入ってくることにより最終的に我々が観測する密度ゆらぎとな るK2

10.6節で見たように,エントロピーゆらぎや非等方ストレスが密度 ゆらぎと同程度のオーダーである場合にはハッブル半径より長いスケールの曲 率ゆらぎは時間的に一定に保たれる.したがってインフレーションにより生成 された曲率ゆらぎはインフレーション終了後,再びハッブル半径の中に入って くるまで振幅が変化しない.式(11.2.70)と(11.2.101)により ハッブル半径を超えるスケールにおける曲率ゆらぎのパワースペクトルは

$\displaystyle P_\zeta (k) = \frac{2\pi G \hbar H^2}{c^5 \epsilon k^3} \left(\fr...
...{t_{\rm P}}^2 H^2}{\epsilon k^3} \left(\frac{ck}{aH}\right)^{2\eta - 6\epsilon}$ (K.2.102)

となる。ここで、 $ t_{\rm P} = (G\hbar/c^5)^{1/2}$ はプランク時間である。 あるいは無次元化されたスペクトル $ \Delta_\zeta^2(k) \equiv k^3
P_\zeta(k)/2\pi^2$ で表せば

$\displaystyle \Delta^2_\zeta(k) = \frac{4\pi {t_{\rm P}}^2}{\epsilon} \left(\frac{H}{2\pi}\right)^2 \left(\frac{ck}{aH}\right)^{2\eta - 6\epsilon}$ (K.2.103)

となる.これを見ると,スローロールの最低次では$ k$ 依存性が消えることが わかる.こうして,スローロールの最低次では無次元スペクトル $ \Delta_\zeta$ には$ k$ 依存性のない,スケール不変なスペクトル (scale-invariant spectrum)が生成される,という重要な結論が導き出され る.また,スローロールパラメータの一次近似においてスケール不変性は破れ ている.スカラーゆらぎのスペクトル指数$ n_{\rm s}$ $ k$ 依存性により $ \Delta^2_\zeta \propto k^{n_{\rm s}-1}$ で定義され, $ n_{\rm s} = 1$ が スケール不変なスペクトルに対応する.するとスローロールの一次近似におい てスペクトル指数は

$\displaystyle n_{\rm s} = \frac{d\ln \Delta^2_\zeta}{d\ln k} + 1 = 1 - 6 \epsilon + 2\eta$ (K.2.104)

となる.

インフレーションにより生成された非等方ストレスが無視できるものとすると, 曲率ゆらぎは

$\displaystyle \zeta = - {\mit\Phi}- \frac23 \cdot \frac{{\mit\Phi}+ {\cal H}^{-1} {\mit\Phi}'}{1 + w}$ (K.2.105)

で与えられる.これはエントロピーゆらぎが密度ゆらぎに比べて大きすぎない 限り,超ハッブルスケールで成長しない.古典化したエントロピーゆらぎは式 (11.2.37)から計算できるが,これは式(11.2.69), (11.2.70)によりスローロール近似の最低次で

$\displaystyle {\mit\Gamma}\simeq - \frac{4 \triangle {\mit\Phi}}{3{\cal H}^2} = \frac43\left(\frac{k}{\cal H}\right)^2 {\mit\Phi}$ (K.2.106)

となっている.ここで,最後の等式では波数$ k$ のゆらぎのモードを考えてい る.したがって,超ハッブルスケール $ k \ll {\cal H}$ ($ ck \ll aH$ )にはエン トロピーゆらぎは生成されないことがわかる.現在我々が観測する宇宙のゆら ぎのスケールはインフレーション中にいったんハッブルスケールの外に出てい たのであるから,インフレーションにより生成されるゆらぎはエントロピーゆ らぎのない,断熱ゆらぎとなるK3.こうして,節10.6の議 論により,インフレーション終了後,曲率ゆらぎは超ハッブルスケールにおい て時間的に一定に留まることになる:

$\displaystyle \zeta' \simeq 0$ (K.2.107)

この方程式はより直接的に導くこともできる.非等方ストレスのないときのポ テンシャルの成長の一般式(10.4.177)においてエントロピーゆらぎをゼ ロにおいたものに等価であることが確かめられる.

ゲージ不変ポテンシャル $ {\mit\Phi}$ は超ハッブルスケールにおいても成長するの で,インフレーション後に生成されてハッブルスケール内に入ってくるポテン シャルのパワースペクトル $ P_{\mit\Phi}(k)$ を求めるためには宇宙の状態方程式を 指定してゆらぎの成長を求める必要がある.次章で示すように,輻射優勢期 (RD)および物質優勢期(MD)には超ハッブルスケールのポテンシャルは成長しな い.このような場合には曲率ゆらぎとポテンシャルの関係(11.2.105)は 単純に

$\displaystyle {\mit\Phi}= - \frac{3+3w}{5+3w} \zeta = \zeta \times \left\{ \begin{array}{ll} 2/3 & \mbox{(RD)}  3/5 & \mbox{(MD)} \end{array} \right.$ (K.2.108)

となる.曲率ゆらぎは輻射優勢だろうが物質優勢だろうが時間的に一定である から輻射優勢期にハッブル半径内に入ってくるポテンシャルの振幅と物質優勢 期に入ってくるそれとは,$ 9/10$ 倍だけ後者の方が小さい.こうして結局イン フレーションにより生成されたポテンシャルの(無次元化された)パワースペク トルは輻射優勢期,物質優勢期での漸近的な形として

$\displaystyle \Delta^2_{\mit\Phi}(k) = \left(\frac{3+3w}{5+3w}\right)^2 \Delta^...
...{ \begin{array}{ll} 4/9 & \mbox{(RD)}  9/25 & \mbox{(MD)} \end{array} \right.$ (K.2.109)

となる.



Footnotes

... るK2
だが,あくまでインフレーション理論による初期ゆらぎの生成に は量子状態の古典化という(正当化の明らかでない)仮定に基づいていることを 忘れてはならない.
... らぎのない,断熱ゆらぎとなるK3
この結論はインフラトン場が一種類 のみであることの帰結であり,多種類のインフラトン場を導入すればエントロ ピーゆらぎを生成することも可能である.

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