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生命と宇宙

生命現象には何か物理法則から外れた現象が見られるのではないかと考え られたこともあったが、次から次へと物理法則により説明されて、現在では、 すべて物理現象として説明がつくと考えられている。現在までに、生命現象を 分子の運動として説明することが大きな成功を収めてきたことを敷衍するなら、 今後、生命現象はすべて物理現象として捉えることができるようになるであろ うことも十分もっともなことである。素粒子理論が現在原子のずっと下の階層 であるクォークにまでさかのぼった物理法則を見出している現状で、分子の運 動に何か未知なる力が働いて生命現象を動かしているなどということは極めて ありそうにない。

ところがここで、人間(あるいは動物でもよいが)の意識をも含めた生命 現象が物理法則により説明されるとするならば、それは現代物理学の基礎をな す量子論との間に概念的な重大な矛盾を生ずる。

量子論ではもはや、世界は生命と独立にはありえない。人間が現象を見て いるかどうかということが、現象そのものに決定的な作用をするのである。こ れは多くの人にとって量子論の成立当初から受け入れがたい結論ではあった。 観測者に関係ない法則があって、それが見かけ上量子論のようなものを生み出 すのであるという説も、アインシュタインを筆頭として、さまざまな人により さまざまな形で唱えられたが、ことごとく失敗し、破れさってしまった。もは や、観測者に関わりなく実在する世界というものはあり得ない、という実験結 果すら存在する。その意味はいまだ不明確であるが、観測行為が世界の実在性 そのものに決定的な役割を果たしていることは明らかになっている。

ところが、観測行為を行っているのは生命現象である。生命現象が物理法 則に従った機械であるなら、量子論のように世界の実在性を左右するような観 測行為を行うことができるはずがない。生命にはなにか他の物理現象と異なる 性質がなければ量子論が正しくなることはない。だが、量子論は正しいのであ る。それどころか、生命現象自体、量子論により基礎づけられる法則に従って いるのである。

宇宙が、生命と無関係ではあり得ないという傍証は量子論における実在性 のみならず、「人間原理」(参照:人間原理について )でしか説明できないような現象の存在にも現れている。つまり、ありと あらゆる物理法則およびその基本定数、空間の次元、素粒子の種類、時間の存 在、どれ一つとっても、生命の存在にとってなぜか異常に都合よくできている。 しかも、この世界の物理法則があったところで、うまく自己増殖する分子がで きるには、とても信じられないぐらいの偶然の積み重ねが必要だというのであ る。文字通り、「奇跡」なのである。物理法則などありとあらゆる宇宙の設定 が、信じられないほどの微調整によって、生命を生むようになされている。こ の意味をよく考えてみれば、宇宙の成立にとって、生命が無関係ではあり得な いことは容易に想像がつく。

こうしてみると、生命現象は宇宙そのものとの間になんらかの相互作用の ようなものがあるはずである。そう考えなければ上の事柄を理解することはで きない。ところが、生命現象を調べれば、物理法則に従って運動する分子を観 測するだけである。物理法則から外れた現象はない。生命現象と宇宙の間に相 互作用のようなものがあるとするなら、それは我々の知っているような通常の 物理法則に表れる相互作用ではありえない。それは、宇宙の存在そのものを規 定するようなものである。

この説についてさらに想像をたくましくするならば、その、生命と宇宙の 相互作用のようなものがこの世界のより普遍的なものであると考えることも可 能である。人類の発見してきた物理法則は、すべて宇宙と生命の相互作用のよ うなものから表れてきた。のみならず、時間や空間という概念、素粒子という 概念すらも、そこから生まれてきたものであり、もとより宇宙の実在という概 念もまた然りである。時間空間と物質で成り立っているこの宇宙は、ある意味 で幻想であり、生命と宇宙の相互作用ようなものが生み出すより大きな意味で の宇宙の一部分である。限りある人間は宇宙のすべてを宇宙そのままの姿で捉 えているわけではないであろうことは、以前にも論考した(空と物理学について2)。

そうすれば、人間が行う実験を通して観測する生命現象が人間の物理法則 に従っていても当然である。人間は物理現象を通してしか宇宙の姿を見ること ができないのであり、その物理現象は、宇宙の見かけの現象でしかないからで ある。生命を成立させている本当の原因は生命と宇宙の相互作用にあり、人間 に見えている生命現象はまた、真の生命と宇宙の相互作用から生まれる見かけ の現象でしかない。物理法則というものは、宇宙のすべてを記述するものでは なく、人間に捉えられた見かけの宇宙の運動のパターンを記述しているだけで ある。その意味の物理法則で見かけの生命現象が記述できたとしても、宇宙が 生命の存在と関係なく存在しているということには直接結び付く必要はないと いうことは言える。

まあ、このような気の狂ったような説が成立し得るのかどうかわからない が、いずれにしても、宇宙と生命の関係は極めて興味深いものがある。宇宙の 中の生命、というテーマはもはや立派な研究分野として成立している。宇宙と 生命の起源は人類の究極の疑問であり、その探求が永遠に続けられることはま ず間違いないであろう。両者が関係しているとすると、それは、どのようなも のであろうか? 宇宙が生命を生んだというよりはむしろ、その逆である可能 性もあながち荒唐無稽ではないかもしれない。

2001年6月25日


Takahiko Matsubara
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