next up previous contents index
次へ: 中性子 - 陽子比 上へ: ビッグバン宇宙モデル 前へ: ガモフの基準と脱結合   目次   索引

原始ニュートリノ

ニュートリノは3種類あることが知られていて,電子ニュートリノ $ \nu_{\rm
e}$ ,ミューニュートリノ $ \nu_{\rm\mu}$ ,およびタウニュートリノ $ \nu_\tau$ に分けられる.ニュートリノは弱い相互作用しかせず,極めて観測 しにくい粒子である.弱い相互作用は左右を入れ換えるパリティ対称性が破れ ており,これに対応してニュートリノのスピンは運動量方向に反平行な(つま りヘリシティーが負の)左巻き成分しか存在しない.各々のニュートリノはそ れぞれ電子,ミュー粒子,タウ粒子とゲージ群に関するペアを作っていて, ニュートリノの種類は素粒子の標準模型における世代数に対応している.実験 的にこの世代数は3であるとされているので,この3種類以外にまだ見つかって いないニュートリノはないものと考えられている.それぞれのニュートリノに は対応する反粒子が存在するのでこれらも入れると,その粒子の自由度は6で ある.ニュートリノの質量は極めて小さいかゼロであると考えられているが, まだその値ははっきりしていない.実験的に,異なるニュートリノの種類の間 に質量差 $ 0.3 {\rm eV}$ 程度があるとされている.したがって,少なくとも一 つのニュートリノには質量があると考えられるが,絶対値としての質量がいく つであるのかいまだよくわかっていない.だが,1 MeV を越すような異常に重 いニュートリノを別にすれば,他の粒子と相互作用をしている初期宇宙での ニュートリノは相対論的にふるまうので,その質量は無視できる.

宇宙初期には例えば次のような反応

    $\displaystyle \nu_{\rm e} + {\rm e}^- \leftrightarrow
\nu_{\rm e} + {\rm e}^-,...
...d
\nu_{\rm e} + \bar{\nu}_{\rm e} \leftrightarrow
{\rm e}^- + {\rm e}^+,\quad$  
    $\displaystyle \nu_{\rm e} + \bar{\nu}_\mu \leftrightarrow
{\rm e}^- + \mu^+,\quad
\nu_{\rm e} + \mu^- \leftrightarrow
\nu_\mu + {\rm e}^-,\quad$  

などにより平衡状態となっている.ここでは,正確な取扱いのかわりに,ガモフの基準 によって脱結合の時期の簡単な見積りをする.弱い相互作用の理論によると, 温度が$ T$ であるとき,反応率はおおまかに

$\displaystyle {\mit\Gamma}\sim \frac{{G_{\rm F}}^2 {k_{\rm B}}^5 T^5}{\hbar}$ (D.4.46)

となる.ここで, $ G_{\rm F} = 1.2 \times 10^{-5} {\rm GeV}^{-2}$ はフェ ルミ結合定数と呼ばれる,弱い相互作用を特徴づける定数である.これに輻射 優勢期のハッブルパラメータと温度の関係式(4.2.31)を使えば,

$\displaystyle \frac{{\mit\Gamma}}{H} \sim \left(\frac{T}{1.6\times 10^{10} {\rm K}}\right)^3$ (D.4.47)

となる.すなわち,温度 $ T=1.6\times 10^{10} {\rm K}$ においてニュートリ ノは脱結合する.

このニュートリノの脱結合の温度は電子の質量エネルギーに対応する温度

$\displaystyle T_{\rm e} \equiv \frac{m_{\rm e} c^2}{k_{\rm B}} = 5.9 \times 10^9 {\rm K}$ (D.4.48)

よりも大きいことに着目しよう.つまり,ニュートリノ脱結合の時期にはまだ 電子が相対論的にふるまっており,有効自由度$ g_{*S}$ がその分だけ大きかっ た.その後,温度が$ T_{\rm e}$ を下回ると,反応

$\displaystyle {\rm e}^+ + {\rm e}^- \rightarrow \gamma + \gamma$    

により電子と陽電子は対消滅してほとんどなくなり,有効自由度に寄与しなく なる.このため,電子の持っていたエントロピーが光子に流入することで光子 の温度は単純なスケール因子の反比例関係よりも多少大きくなるのである.一 方,ニュートリノはもはや結合していないためにエントロピーの流入がなく, 単純に温度がスケール因子に反比例する.こうして電子の対消滅以後,ニュー トリノと光子の温度が食い違うことになる.

この温度差を見積もるため,ニュートリノの脱結合後のエントロピーの保存を 考える.電子対消滅前はニュートリノは光子の温度に等しく,対消滅後は異な ることから,電子の対消滅の前と後の有効自由度をそれぞれ$ g_{*S-}$ , $ g_{*S+}$ とすると,光子(自由度2),電子(自由度4),ニュート リノ(自由度6)からの寄与によって,

$\displaystyle g_{*S-}$ $\displaystyle =$ $\displaystyle 2 + \frac78 \cdot 4 + \frac78 \cdot 6 = \frac{43}{4}$ (D.4.49)
$\displaystyle g_{*S+}$ $\displaystyle =$ $\displaystyle 2 + \frac78 \cdot 6 \cdot
\left(\frac{T_\nu}{T}\right)^3
= 2 + \frac{21}{4} \left(\frac{T_{\nu+}}{T_+}\right)^3$ (D.4.50)

となる.ここで,$ T_+$ , $ T_{\nu+}$ はそれぞれ対消滅後の光子とニュートリ ノの温度である.対消滅前の任意のある時刻におけるスケール因子と温度を $ a_-$ , $ T_-$ としておこう.するとエントロピー保存により,対消滅後のスケー ル因子を$ a_+$ とすると,

$\displaystyle g_{*S-} {T_-}^3 {a_-}^3 = g_{*S+} {T_+}^3 {a_+}^3$ (D.4.51)

が成り立つ.また,ニュートリノの温度については $ a_- T_- = a_+ T_{\nu+}$ であることを用いると,上の式から

$\displaystyle T_{\nu+} = \left(\frac{4}{11}\right)^{1/3} T_+$ (D.4.52)

であることが結論される.すなわち,対消滅後のニュートリノの温度は光子の 温度に比べて約0.7倍だけ小さいということになる.観測によって現在の光子 の温度は約2.7 Kと測定されているので,現在のニュートリノの温度は約1.9 K であることになる.

現在,ニュートリノは宇宙においてエネルギー密度にしてどのくらいの割合を 占めているのだろうか? ニュートリノの質量が十分小さく,現在もまだ相対 論的である場合には輻射として光子とあまり変わらない寄与しかしていないの で,ほとんど無視できる.すなわち,現在 $ m_\nu c^2 \ll k_{\rm B} T_{\nu
0}$ をみたす相対論的ニュートリノの場合,そのエネルギー密度は

$\displaystyle \rho_{\nu0} = \sum_{\rm relativistic \nu} \frac78 \frac{\pi^2}{3...
...{T_{\nu 0}}^4}{\hbar^3 c^3} \sim 10^{-5} h^{-2}\rho_{\rm c0} \ll \rho_{\rm m0}$ (D.4.53)

となり,物質成分に比べれば無視できるほどしかない.一方,現在,非相対論 的になっているニュートリノの場合は,その質量によっては現在無視できない 寄与となってくる.脱結合時にはまだ相対論的であったとすれば,その数密度 は膨張により薄められ,現在,一種類のニュートリノあたり

$\displaystyle n_{\nu 0} = \frac64 \frac{\zeta(3)}{\pi^2} \frac{{k_{\rm B}}^3 {T...
...= \frac{6}{11} \frac{\zeta(3)}{\pi^2} \frac{{k_{\rm B}}^3 {T_0}^3}{\hbar^3 c^3}$ (D.4.54)

となっている.脱結合時から現在までに非相対論的 $ m_\nu c^2 \gg k_{\rm B}
T_{\nu 0}$ となったニュートリノの場合,そのエネルギー密度は

$\displaystyle \rho_{\nu0} = \sum_{\rm non-relativistic \nu} m_\nu c^2 n_{\nu 0...
...(\frac{T_0}{2.725 {\rm K}}\right)^3 \sum_{\rm non-relativistic \nu} m_\nu c^2$ (D.4.55)

となる.これは密度パラメータにすると

$\displaystyle {\mit\Omega}_{\nu 0} h^2 = \frac{\sum m_\nu}{94.1 {\rm eV}}$ (D.4.56)

となる.したがって, $ m_\nu \lower.5ex\hbox{$\; \buildrel > \over \sim \;$}10 {\rm eV}$ となるような質量をもつ ニュートリノは現在無視することができず,バリオンとは異なる形の重力的に 無視できない物質成分を与える.すなわち見えない物質,ダークマターの候補 となる.また逆に,現在の宇宙では $ {\mit\Omega}_0 h^2 \sim 0.15$ 程度であることか ら,ニュートリノの質量の合計が15 eVよりも大きくなれないことがわかる.

現在,ニュートリノの質量の詳細についてはよく分かっていないので,ニュー トリノがダークマターとなっているのかどうかは不明である.ただし,後に見 るように,ニュートリノのみがダークマターとして宇宙の質量成分を支配して いるとすると,我々の宇宙の構造が形成できなくなってしまうことがわかって いる.したがって,仮にニュートリノがダークマターとなっていたとしても, それ以外にもっと支配的なダークマターがなければならない.


next up previous contents index
次へ: 中性子 - 陽子比 上へ: ビッグバン宇宙モデル 前へ: ガモフの基準と脱結合   目次   索引

All rights reserved © T.Matsubara 2004-2010
visitors, pageviews since 2007.5.11