next up previous contents index
次へ: N体シミュレーション 上へ: 非線型成長の近似モデル 前へ: 球対称モデル   目次   索引

ゼルドビッチ近似

一般のゆらぎに対しての非線形成長はあまりに複雑で解析的に厳密に取り扱う ことはできない.これに対してゼルトビッチは非線形領域をある程度記述する モデルとして比較的単純な近似法を与えた.この近似はゼルドビッチ近似と呼 ばれ,非線形領域のふるまいを調べるのによく用いられている.

上に述べた線形理論においては密度ゆらぎ $ \delta({\mbox{\boldmath $x$}},t)$ を共動座 標 $ {\mbox{\boldmath $x$}}$ の点ごとに記述した.このような変数の扱いはオイラー的見方と呼 ばれる.この見方では,物質の運動の結果として密度が変化するが,物質がど のように運動したのかということはあらわな変数としては表れない.一方,物 質の運動そのものを変数にとることもでき,こちらはラグランジュ的見方と呼 ばれる.ゼルドビッチ近似はこのラグランジュ的見方に基づく近似である.

はじめに物質がまったく一様に分布していると仮想的に考えてみる.そのとき 個々の物質素片の座標値 $ {\mbox{\boldmath $q$}}$ をその物質素片を表すラベルと考える.実際 の一様でない物質分布は,この一様分布から物質素片を適当にずらすことによっ て実現される.この物質素片に固定された座標 $ {\mbox{\boldmath $q$}}$ をラグランジュ座標と いい,これは物質素片を固定すれば時間的に変化しない.一方,本来の空間座 標 $ {\mbox{\boldmath $x$}}$ をオイラー座標という.ある時刻$ t$ においてある物質素 片 $ {\mbox{\boldmath $q$}}$ が存在するオイラー座標を $ {\mbox{\boldmath $x$}}({\mbox{\boldmath $q$}},t)$ とする.ゼルドビッ チ近似とは,この物質素片の運動が

$\displaystyle {\mbox{\boldmath$x$}}({\mbox{\boldmath$q$}},t) = {\mbox{\boldmath...
...ldmath$\nabla$}}_{{\mbox{\scriptsize\boldmath$q$}}} \psi({\mbox{\boldmath$q$}})$ (P.3.19)

という形で与えられるとする近似である.ここで$ b(t)$ $ \psi({\mbox{\boldmath $q$}})$ はゆ らぎの成長とパターンを表すものであり,右辺の微分はラグランジュ座標につ いて行う.この形からわかるように,ゼルドビッチ近似では,ラグランジュ座 標に固定したポテンシャル $ \psi({\mbox{\boldmath $q$}})$ の勾配によって決まる方向と速度に よって一直線上に物質が動く.その速度変化は関数$ b(t)$ によって全体で一様 に変化する.

ここでまだ関数$ b(t)$ $ \psi({\mbox{\boldmath $q$}})$ が未定であるが,ゆらぎが線形段階に あるときに,その成長が線形理論に一致するように選ばれる.ゆらぎの線形理 論はオイラー座標で表現されているので,式(16.3.19)で与えられる物 質素片の分布をオイラー座標でみるとどのような密度ゆらぎになるかを考える. オイラー座標の密度場は質量保存 $ \rho({\mbox{\boldmath $x$}},t)d^3\!x =
\bar{\rho}(t)d^3\!q$ により、ヤコビアンによって表され,

$\displaystyle \rho({\mbox{\boldmath$x$}},t) = \bar{\rho}(t) \det \left\vert\lef...
...({\mbox{\boldmath$q$}})}{\partial q_i \partial q_j} \right\vert\right\vert^{-1}$ (P.3.20)

により与えられる.ここで,ゆらぎが小さいときには $ {\mbox{\boldmath $x$}}$ $ {\mbox{\boldmath $q$}}$ の 値は近いので,変数$ b(t)$ の値は小さい.そこで 式(16.3.20)を$ b(t)$ について展開して1次の項まで残すと, 密度ゆらぎは

$\displaystyle \delta({\mbox{\boldmath$x$}},t) = \frac{\rho({\mbox{\boldmath$x$}...
...} \psi({\mbox{\boldmath$q$}}) \simeq b(t) \triangle \psi({\mbox{\boldmath$x$}})$ (P.3.21)

となる.ここで $ \triangle_{{\mbox{\scriptsize\boldmath $q$}}}={\mbox{\boldmath $\nabla$}}_{{\mbox{\boldmath $q$}}}^2$ はラグラン ジュ座標によるラプラシアン, $ \triangle={\mbox{\boldmath $\nabla$}}^2$ はオイラー座標に よるラプラシアンである.最後の近似ではラグランジュ座標とオイラー座標が ゆらぎの1次であることを使った.この最後の形を線形理論の成長解の 形 $ \delta({\mbox{\boldmath $x$}},t) = D(t) \delta_{\rm init}({\mbox{\boldmath $x$}}) / D(t_{\rm
init})$ と比べてみる.ここで$ D(t)$ は線形成長因子であり,アインシュタイ ン・ドジッター宇宙では $ D(t) \propto t^{2/3}$ である.ここでは一般の場合 を考える. $ t_{\rm init}$ は考えている初期時刻で $ \delta_{\rm init}$ はその ときの初期ゆらぎである.すると,ポアソン方程式(6.1.19)も考慮し て,

$\displaystyle b(t) = D(t), \qquad \psi({\mbox{\boldmath$q$}}) = \frac{\Phi({\mbox{\boldmath$q$}},t_{\rm init})} {4\pi G \bar{\rho}(t_{\rm init}) D(t_{\rm init})}$ (P.3.22)

とおけば,線形理論の成長解を再現することがわかる. このように,線形理論で導かれる成長因子と初期 ポテンシャルのみによってその後の成長が決められるので,構成は単純である. にもかかわらず,オイラー座標の線形理論と比べてかなり非線形な領域まで比 較的正確な近似になっていることが確かめられている.このためゆらぎの非線 形成長のモデルとしてよく用いられる.

ここで,ゼルドビッチ近似の限界についても述べておこう.近似 式(16.3.20)からわかるように,線形成長因子$ D(t)$ が成長してくると ヤコビアンが発散しうる.これはオイラー座標 $ {\mbox{\boldmath $x$}}$ の一点に,異なるラグ ランジュ座標 $ {\mbox{\boldmath $q$}}$ の物質が移動してくる場合に発生する.例えばある点に 異なる方向から物質が落ち込んできてぶつかるような場合である.このとき局 所的に密度は発散する.一般にこのような発散する場所の集合は面をなし,そ のような面を火面(caustic surface)という.球対称解のところでも述べたよう に、このような密度の発散は,実際には圧力や速度分散によって発生しないも のと考えられる.またゼルドビッチ近似では火面を物質が通り過ぎた後も,も ともと進んでいた方向へ進みつづける.だが,実際にはいったん密度の高いと ころを通り過ぎた物質には今度は逆向きに加速度が働き,物質は逆方向へ戻ろ うとするであろう.このような効果はゼルドビッチ近似では表現されていない. したがって,ゼルドビッチ近似は火面が形成される以前まで有効な近似法であ る.火面の形成前後でも成長をよりよく近似するように,ゼルドビッチ近似を 改良する方法もいくつか考えられている.




Copyright©2004-2010Takahiko Matsubara, All rights reserved.
visitors, pageviews since 2007.5.11