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赤方偏移

ある点を出た光が観測者に届くとき,その波長は宇宙のスケール因子の変化を 感じて変化する.このことを定量的に見てみる.そのために,観測者は原点 $ r=0$ にいて,時刻$ t=t_1$ に点 $ (r_1,\theta_1,\phi_1)$ を出た光を,現在時 刻$ t=t_0$ に観測するものとする.光線は原点までヌル測地線$ ds = 0$ に沿っ て到達する.空間の等方性により光線は $ d\theta = d\phi = 0$ を満たしなが ら進むので,RW計量により,

$\displaystyle c dt = \pm \frac{a(t) dr}{\sqrt{1 - K r^2}}$ (B.4.25)

となる.座標値が減少する方向に光線が進むので,符号はマイナスをとること になり,光線に沿って積分すれば,

$\displaystyle \int_{t_1}^{t_0}\frac{c dt}{a(t)} = \int_0^{r_1} \frac{dr}{\sqrt{1 - K r^2}}$ (B.4.26)

となる.

いま,波の山が時刻$ t_1$ に出発し,次の波の山が時刻 $ t_1 + \delta t_1$ に 出発したとする.そして,初めの山の到達時刻を$ t_0$ ,次の山の到達時刻を $ t_0 +
\delta t_0$ とする. ここで,式(2.4.26)の右辺は時間に依存しないことに注意しよう.する と,

$\displaystyle \int_{t_1}^{t_0}\frac{dt}{a(t)} = \int_{t_1 + \delta t_1}^{t_0 + \delta t_0}\frac{dt}{a(t)}$ (B.4.27)

が成り立つ.ここで, $ \delta t_0$ , $ \delta t_1$ はスケール因子の時間変化 のスケールに比べて十分短かいと考えられるので,式(2.4.27)をテイラー 展開することにより,

$\displaystyle \frac{\delta t_1}{a(t_1)} = \frac{\delta t_0}{a(t_0)}$ (B.4.28)

となる.光の波長は光源と観測者でそれぞれ $ \lambda_1 = c \delta t_1$ , $ \lambda_0 = c \delta t_0$ である.ここで,赤方偏移$ z$ を波長の伸び具合 を表わす量として, $ 1 + z \equiv \lambda_0/\lambda_1$ で定義する.すると, $ a(t_0) = 1$ の規格化のもとで,

$\displaystyle 1 + z = \frac{1}{a(t_1)}$ (B.4.29)

となることがわかる.膨張宇宙では過去から来た光は $ a(t_1) < 1$ を満たすの で,赤方偏移$ z$ は必ず正となる.

ここで,初等的な解説ではよく説明の平易さのために,赤方偏移をドップラー 効果によって説明する場合があるが,これについてコメントしておく.宇宙膨 張を空間の膨張ではなく,単に物質の膨張運動により解釈するニュートン的宇 宙論を採用したときには,ドップラー効果と考えることに問題はない.だが, 上の導出から明らかなように,膨張宇宙における赤方偏移は,光の伝播の途中 で空間の膨張にひきずられて波長が長くなることによるものである.これは, ドップラー効果とは厳密には異なる概念である.ドップラー効果は光の放射時 点で光源と観測者との速度差がはっきりしている場合に初めて曖昧さなく定義 できる物理的効果である.一方,一般相対論では,異なる場所での速度差の自 然な定義が存在しない.したがって,膨張宇宙の赤方偏移がドップラー効果で あるという言明には,物理的な曖昧さがある.光の進路に沿っての無限小のロー レンツ変換の積み重ねによるドップラー効果と解釈することも不可能ではない が,不自然であり,あくまでドップラー効果による理解は初等的な説明の平易 さのためのものであると思っておいたほうがよいであろう.一様等方な宇宙に 対して運動しているような光源から出る光には,真の意味でのドップラー効果 による波長の変化が,宇宙膨張による赤方偏移とは別に加わることになる.




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