前章でみたように,宇宙全体でのバリオン数と光子数の比は
さらに,バリオンと同量の反バリオンが我々の宇宙にあるという証拠は全く見 当たらない.地球に降ってくる宇宙線を調べるとほとんどすべて物質でできて いる.極めてわずか反物質も含まれるが,これは途中の星間物質との相互作用 でできる分であり,もともとあった反バリオンではないと考えられる.また, もし,銀河団スケールでは物質と反物質が同じオーダー存在するとすると,銀 河間ガスの間で物質と反物質の対消滅が起こり,強いγ線の放射があるはずだ が,そのようなものは観測されていない.銀河団よりも大きいスケールでバリ オンと反バリオンが分離するようなメカニズムがあるとするのも極めて不自然 なことである.
したがって,我々の宇宙がもし物質と反物質について対称であれば,すでに対 消滅して光子になってしまっているはずであり,我々は存在し得ないことになっ てしまう.こうして,我々の宇宙では物質の存在そのものが物質と反物質につ いて非対称なものであると考えられる.宇宙の初期にはバリオンも相対論的で であることから,バリオン数について式 (5.1.1)を実現するには,初期に
サハロフがこれらの条件を提案したのは1967年であったが,その当時にはこれ らの条件を満たすようなうまい相互作用が現実の宇宙にあるかどうかは不明で あった.その後,素粒子理論では標準模型を拡張した大統一理論GUT (Grand Unified Theory)が提案されたが,これはまさしくバリオン数を変化 する相互作用を含み,かつ,CP不変性の破れた理論であった.素粒子の標準模 型は量子色力学と電弱理論を組み合わせたもので,ゲージ対称性 を持っている.ここで, は核子を構成するクォーク間に働く強い相互作用のもつゲージ対称 性である.また, は電弱理論の持つ対称性である が,この対称性は1 TeV程度以上の高いエネルギースケールで実現されている が,低エネルギースケールではこの対称性が破れて電磁力の持つゲージ対称性 のみが見えている.このような対称性の破れという概念は素 粒子理論では重要な概念となっている.この概念を拡張して,標準模型のゲー ジ対称性もより高エネルギーで成り立っていた対称性が破れることによって実 現されていると考えるのが,大統一理論の立場である.標準模型のゲージ群を 含むようなより大きなゲージ群として最もシンプルなものは であるこ とが知られていて,これに基づく GUTが有望なモデルとして調べられ てきた.
GUTの対称性が破れずに実現するスケールは GeVであり,GUTを直接 検証するにはこのようなエネルギースケールの加速器が必要である.実際には 地球上で実験できるエネルギースケールは1TeVがせいぜいで,全く及ばないの だが,大統一理論はバリオン数を破ることから,現在の標準模型の範囲内では 起こり得ない陽子崩壊を予言するのである. GUTではその崩壊の半減 期が 年であって,一つの陽子が崩壊するのを待っていたら,現在の 宇宙年齢 年をはるかに越えてしまうので,一見不可能のようだが, 例えば,1000トンの水を集めて絶えず監視していれば,1年に50個の陽子が崩 壊するのを観測できるだろう.この方法によって陽子の崩壊を調べた結果, GUTで予言される陽子崩壊は起こらないことがわかり,現在では単純 な GUTは捨てられてしまっている.だが,より複雑なモデルを採用す れば陽子崩壊の頻度を減らすことができるので,観測できないほどまれにしか 陽子崩壊が起こらないならば,まだGUTの枠組自身にはまだ可能性は残ってい る. GUT, SUSY (supersymmetric) GUT などなど,いくつもの可能性 があるが,これらを実験的に検証することは今のところできていない.
大統一理論が一意的でないので,ここではおおまかな一般論として,サハロフ の条件における A)の相互作用を媒介する粒子をX粒子としよう.その相 互作用の強さを表す無次元パラメータを とし,X粒子の質量 を とする.この場合,X粒子が崩壊して非対称なバリオン数を生成 する.その崩壊率は場の理論によっておおまかに