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アメリカというか、ボルチモア

アメリカに住み始めて2年強ほど経ったが、振り返ってみると私のアメリカに 対する印象もずいぶん変化した。アメリカは広いので、住む場所によって印象 もずいぶん違う。アメリカ全体をある場所だけから判断することはできないの で、私の印象は主に東海岸、それもメリーランド州ボルチモアという場所に特 定される印象ということになるだろう。いくつか他の州にも出かけたが、だい ぶ違う雰囲気を感じたので、アメリカという国を一概に言い表すことはできな いであろう。

アメリカに初めて来たのは今住んでいるボルチモアに当時は短期滞在者として やってきたときである。その印象は一言で言えば、危険な場所であるというこ とだ。電車でボルチモアの駅に到着したのだが、目的地である大学は歩いて1 5分くらいの場所にあり、荷物も多くなかった。そこで歩いて行こうと思った のだが、駅から100メートルほど行くと、ボルチモアのメインストリートで あるにもかかわらず、誰も歩いていない。店らしき建物はあるのだが、軒並み 閉まっていた。異様な雰囲気を感じて駅に引き返し、タクシーで大学に向かっ たのである。今から考えてみると、ボルチモアの市内は軒並み治安が悪く、安 全な場所を探したほうが早いというくらいのものであったのである。それもそ のはずで、ボルチモアは危険な都市として全米6番目にランクされていて、年 間の殺人事件は300件を超え、警官もよく殺されている。当時はそのような ことは知らず、アメリカとはすべてこのようなものかと思ったものである。

まあ、そのようなあまり好ましくない印象にもかかわらず、研究上の優位性か ら、結局はボルチモアに住むことになった。生活をはじめてアメリカの人たち と接してみた印象は親切な人が多く、悪意をまったく感じないということだ。 もちろん、それは表面上そう見えているに過ぎず、彼らが他人に敵意を持たな いということを意味するわけではないが、好意ある振る舞いはいたるところで 見かけ、あからさまに悪意ある行為というものを見かけることは少ない。

また、住居や、道路の広さを始めとして、あらゆるものがゆったりしていて、 生活のしやすさはこれまで経験したことのないものであった。大学の研究室も これまでよりもかなりゆったりとして、このような空間で研究することができ るのは、なにものにも換えがたいものがある。ただ、ゆったりとしていること は裏を返せば、いいかげんということでもある。分単位で時間を守るというよ うなことは少なく、何かをはじめるのに10分、20分前後してもまったく違 和感を感じない。これでもアメリカ人は時間にうるさい方だということで、ラ テンアメリカなどへ行ったアメリカ人はそこで時間のルーズさに辟易するそう だが、そのルーズさは2,3時間の単位だそうだ。それはともかく、根がいい かげんな私にはそれはあまり問題にはならなかった。

また、アメリカだけの特徴ではないが、さまざまな点で性善説が見え隠れする。 顕著な例は良く知られているレストランでの会計であろう。会計を現金で払う 場合には請求書にお金とチップを添えてそのまま出てくることが多いが、これ は、お金をごまかして出てくる人はいないという事実がなければできない。ま た、近距離電車ではチケットは検札されないし、駅にも改札はない。ごくまれ に検札されることがあるらしいが、基本的には無賃乗車をする人はいないとい う前提がある。これはある意味ではいいかげんであるということもあるが、い つも神が見ているというキリスト教の影響が大きいと思われる。日本ではお金 をごまかせたら、得をした、と思う人が多く、そのようなシステムが機能する とは思えず、性悪説に基づかざるを得ないであろう。

最大の欠点は治安にあるが、殺人事件などの凶悪な犯罪の起こる場所はいわゆ るドラッグエリアと呼ばれる麻薬のはびこる地区であり、危険な地域をふらふ らと歩くような行為を慎めば危険性はかなり減る。通りを一本隔てただけで安 全な地域と危険な地域が分かれるので、危険な地区を良く知っていることも重 要であろう。友人の一人は以前危険なブロックから一本通りを隔てたアパート に住んでいたが、向かいのブロックからよく銃声が聞こえてきたらしい。しか し彼のブロックでは何事も起こらずまったく問題なかったそうである。銃声と いえばわたしも慣れない場所を歩いていたときに、やはり、危険な雰囲気を感 じて人の気配のあるブロックへ戻って行ったことがあるが、ちょうど歩いてき た場所で銃声が何発も聞こえて来たことがある。多少慣れてきてあまり危険性 に注意を払っていなかったためであろうが、少々肌寒い思いをしたものである。 危険な地域を避け、周囲に気をつけるだけで、かなり犯罪に巻き込まれる可能 性は減るのではないだろうか。

そうしてみると始めのネガティブな印象もそれほど深刻ではなく見える。東京 から移ってきたせいもあるが、少し郊外へ行けば豊かな自然が広がっているの はかなり癒されるものである。郊外の家は広く、ボルチモアへ十分通勤できる 場所に20部屋ほどもある大きな家と、1000坪ほどもある庭のついた住居 もごく普通であり、快適そのものであろう。残念なことに、そのような富裕層 はたいてい白人である。貧民層はおおむね黒人であり、人種問題とからんで大 きな問題となっている。むしろ、貧民層の存在が、低賃金の労働力につながり、 富裕層の生活をより豊かにしているとも言えるのではあるが。大学にいる限り そのような点には目をつむることができ、単なる一研究者としていればアメリ カの快適性には目を見張るものがあるのである。

そんなわけで、はじめは地に落ちていた私のアメリカの印象は反動もあり大き くプラスの方向へ向いてきた。私は日本で生まれ育ったので、日本以外にアイ デンティティーを求めることはないが、帰国の近づいてきた今、もうすこし長 く住んでいたいという気持ちが大きいのである。

2000年5月1日


Takahiko Matsubara
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