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ホロコースト・ミュージアム

ホロコーストとはナチによるユダヤ人大虐殺のことである。私は現在、首都ワ シントンDCの近郊都市、ボルチモアに住んでいるが、ワシントンDCの中心 部に位置する、モールと呼ばれる広大な公園地帯にはスミソニアン博物館群を はじめとした数々の膨大な展示品を誇るすばらしい博物館がたくさんある。し かもそれらの博物館はほとんどが入場無料なのである。そこに展示してあるも のは世界に二つとない様なものが目白押しであり、私はたびたび見に出かけて いるのである。この地帯にある博物館群の中でもひときわ異彩を放つのがホロ コースト博物館である。

この博物館ではナチによるユダヤ人大虐殺の起こった経緯をさまざまな展示品 により示している。ここはこの場所にある他の博物館のように、見ていて楽し い場所ではない。にもかかわらず、この博物館はDCの数多い博物館の中でも 第一の人気博物館であり、多くのアメリカ人の興味を集めている。その人気の せいか、この展示品を見るには整理券が必要で、早く行って入手しないと見る ことができない。以前私は、他の博物館からホロコースト博物館へはしごしよ うとしたのだが、案の定整理券はもう残っておらず、残念な思いをしたことが ある。今回、午前中にワシントンDCにおいて用事があり、その機会に、この 博物館へ行ってきた。11月初めという、観光シーズンを過ぎた時期であること も幸いして、すぐに見学できる整理券を楽に入手できた。とはいえ、中はやは り混んでいた。

館内を順路にしたがって見ていくとドイツにおいて、ナチが台頭してくる経緯 からはじまり、ユダヤ人が徐々に人間としての権利を失っていく様子、そして 末期には正気とは思われない大虐殺へと至る様子がわかるようになっている。 大虐殺の事実は知識として誰でも知っているが、それがどういうものであった かが、具体的にわかるようになっている。その展示品の数々はまさに衝撃的で ある。その衝撃の内容は言葉では言い表すことはできない。機会があれば自分 の目で見るのが義務であろう、としか私には言えない。

その内容を述べるということは私にはできないが、ここでは、私がこの博物館 で感じたことを書いてみたい。私がこの博物館を見終わって一番に感じたこと は、物事の真実と国家権力のことである。国家権力はその国において、正しい こととは何かについて、強制的に決定する能力を有しているのである。ナチ支 配下のドイツにおいては、ユダヤ人は存在するべきではないことが学問的に証 明されていたのである。人種の優劣を適当に定めれば、このような論理は容易 に導き出されるのである。その論理はわれわれから見れば正しくないであろう。 しかし、当時のドイツにおいては正しかったのである。このようなことはわれ われから見れば非人道的なことである。だが、われわれも大なり小なり同じ論 理を用いているのである。すなわち、人間でない動物については殺すべき動物 と愛護すべき動物を分けることは別になんとも思っていないのである。ナチに とっては殺すべき人種がユダヤ人や放浪民族だったのである。

これは正しいことなのであるから、子どもの教育においても教えなければなら ないのである。そのように育てば、ほとんどの者にとっては、そのことは正し いことであり、疑う余地はないのである。実際にユダヤ人がどのように扱われ、 流れ作業的に殺されているのかを見れば、そのような者でも疑問を感じること はあるであろう。しかし、それが正しいことなのであるから、それ以上思考を することはなくてよいのである。我々も、ペットを殺して食べることはできな いが、どこでどう育って殺されたか知らない肉になら、舌鼓を打つのである。 肉を食べるときにその肉の元の動物の生活については思考をすることはないの である。

このようなわかりやすい例についてはまだいいほうなのである。誰も何の疑問 も持たずに正しいこととされていることもあるのである。それがなんであるか は、私にもわからないのである。わかっていたら疑問を持つことができるので ある。

ホロコースト博物館の展示の最後の方では、連合国が勝利して収容所のユダヤ 人たちを開放する様子が示されている。正義の国であるアメリカを筆頭とする 連合国は、邪悪なナチからユダヤ人を救ったという印象が与えられたのである。 その一方で、同じころアメリカは、戦争を終結させるために正しい武器である 原爆を広島長崎に投下したのである。

国家間の、おおいなる矛盾を感じることができ、よかったのである。しかし、 世界が統一的な国家の形態をもったら、全員で巨大な”正しいこと”へ突き進 んでしまうかもしれないので、今の状況はけっこうましなのである。

1998年11月10日


Takahiko Matsubara
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