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キュムラント展開定理


キュムラント展開定理

キュムラントは式(15.2.32)-(15.2.35)のように,モーメン トからいちいち再帰的に定義されているが,これらをもっと直接的に関係づけ る強力な定理がある.それはキュムラント展開定理(cumulant expansion theorem),あるいは結合クラスター定理と呼ばれるものである.この 定理によると,一般にランダム変数$ X$ について,次の等式が成り立つ:

$\displaystyle \ln\left\langle e^X \right\rangle = \sum_{N=1}^\infty \frac{1}{N!...
...gle X^N \right\rangle_{\rm c} \equiv \left\langle e^X \right\rangle_{\rm c} - 1$ (O.3.48)

証明は次の通りである.まず,式(15.2.36)から,一つの変数$ X$ につ いての$ N$ 次のモーメントをキュムラントで展開すると次のようになる:

$\displaystyle \left\langle X^N \right\rangle = \sum_{\rm 組分け}\prod_{\rm 組(\alpha)} \left\langle X^{n_\alpha} \right\rangle_{\rm c}$ (O.3.49)

ここで,$ N$ 個のあらゆる可能な組分けについて和をとり,ある組分けについ て,組$ \alpha$ の要素数は$ n_\alpha$ である.ここで,ある固定された組分け に対して,要素数$ n_\alpha$ がちょうど$ j$ になるような組の数を$ m_j$ としよ う.このとき当然, $ \sum_j j m_j = N$ である.すると,式(15.3.49) の右辺の各項は,数の組 $ (m_1,m_2,\cdots)$ が同じになる組分けについて,全 く同じ形となる.そこで,この数の組 $ (m_1,m_2,\cdots)$ が同じになる組分け の数,すなわち縮退数を $ n(m_1,m_2,\cdots)$ と表すことにすると,式 (15.3.49)は次の形となる:

$\displaystyle \left\langle X^N \right\rangle = \sum_{m_1}^\infty \sum_{m_2}^\in...
...\right\rangle_{\rm c}^{m_2} \left\langle X^3 \right\rangle_{\rm c}^{m_3} \cdots$ (O.3.50)

ここで, $ \delta^{\rm C}$ はクロネッカーデルタであり,両整数が等しいとき のみ1で,そうでなければゼロを与える記号である.また,縮退数 $ n(m_1,m_2,\cdots)$ は,$ N$ 個の要素を $ m_1,2m_2,3m_3,\ldots$ 個ずつの組に 分けて,その各々の組の$ j m_j$ 個の要素をさらに$ j$ 個ずつ$ m_j$ 個の組に分 けるやり方の数であるから,

$\displaystyle n(m_1,m_2,\cdots) = \frac{N!}{\prod_j (jm_j)!} \times \prod_j \frac{(jm_j)!}{m_j! (j!)^{m_j}} = \frac{N!}{\prod_j m_j! (j!)^{m_j}}$ (O.3.51)

と求まる.すると,式(15.3.50)から,

$\displaystyle \left\langle e^X \right\rangle = \sum_{N=0}^\infty \frac{1}{N!}\l...
...} = \exp\left(\sum_j \frac{1}{j!} \left\langle X^j \right\rangle_{\rm c}\right)$ (O.3.52)

となり,これは式(15.3.48)に他ならない.これによって,キュムラ ント展開定理が証明された.


有限変数のキュムラント母関数

キュムラント展開定理が非常に有用なのは,次に見るように,それが,モーメ ントとキュムラントの母関数の間の関係を与えるからである.ランダム変数が 一変数$ \phi$ の場合,モーメント $ \left\langle \phi^N \right\rangle $ の母関数は次のように定義さ れる:

$\displaystyle Z(J) \equiv \sum_{N=0}^\infty \frac{(-J)^N}{N!} \left\langle \phi...
...\rangle = \left\langle e^{-J\phi} \right\rangle = \int d\phi P(\phi) e^{-J\phi}$ (O.3.53)

ここで,$ P(\phi)$ $ \phi$ の確率分布関数である.つまり,この母関数は確 率分布関数のラプラス変換である.任意の次数のモーメントはこの母関数を微 分することにより得られる:

$\displaystyle \left\langle \phi^N \right\rangle = (-1)^N \left.\frac{\partial^N Z}{\partial J^N}\right\vert _{J=0}$ (O.3.54)

式(15.3.48)において,$ X=-J\phi$ とおけば,

$\displaystyle \ln Z(J) = \sum_{N=1}^\infty \frac{(-J)^N}{N!}\left\langle \phi^N \right\rangle_{\rm c}$ (O.3.55)

であるから,これはキュムラントの母関数であることがわかる:

$\displaystyle \left\langle \phi^N \right\rangle_{\rm c} = (-1)^N \left.\frac{\partial^N \ln Z}{\partial J^N}\right\vert _{J=0}$ (O.3.56)

すなわち,キュムラント展開定理は,モーメントの母関数の対数はキュムラン トの母関数であるということを意味しているのである.

ランダム変数$ \phi$ の統計的情報は確率分布関数にすべて含まれているので, そのラプラス変換であるモーメント母関数$ Z(J)$ にもやはり統計的情報がすべ て含まれている.当然,母関数を解析接続した$ Z(iJ)$ $ P(\phi)$ のフーリエ 変換である.キュムラントがすべて与えられれば、式(15.3.55)からモー メント母関数が決定するので、統計的情報が完全に定まることになる。つまり、 キュムラントの全体は統計的情報をすべて含んでいるのである。

ランダム変数の数が複数個ある多変数の場合への拡張は容易である.$ p$ 種類 のランダム変数$ \phi_k$ , $ (k=1,\ldots,p)$ について,モーメント母関数は 次式で定義される:

    $\displaystyle Z\left(J_1,J_2,\ldots,J_p\right) =
\left\langle \exp\left(-\sum_{k=1}^p J_k \phi_k \right) \right\rangle$  
    $\displaystyle \qquad\qquad =
\sum_{N=0}^\infty \frac{(-1)^N}{N!}
\sum_{k_1,k_...
...\cdots J_{k_N}
\left\langle \phi_{k_1}\phi_{k_2}\cdots\phi_{k_N} \right\rangle$ (O.3.57)

したがって,多変数のモーメントは次のようになる:

$\displaystyle \left\langle \phi_{k_1}\phi_{k_2}\cdots\phi_{k_N} \right\rangle =...
...k_1}\partial J_{k_2}\cdots\partial J_{k_N}} \right\vert _{J_1=J_2=\cdots=J_p=0}$ (O.3.58)

式(15.3.48)において, $ X=-\sum_k J_k \phi_k$ とおけば,

$\displaystyle \ln Z(J_1,J_2,\ldots,J_p) = \sum_{N=1}^\infty \frac{(-1)^N}{N!} \...
...k_N} \left\langle \phi_{k_1} \phi_{k_2} \cdots \phi_{k_N} \right\rangle_{\rm c}$ (O.3.59)

また,

$\displaystyle \left\langle \phi_{k_1} \phi_{k_2} \cdots \phi_{k_N} \right\rangl...
...k_1}\partial J_{k_2}\cdots\partial J_{k_N}} \right\vert _{J_1=J_2=\cdots=J_p=0}$ (O.3.60)

が導かれる.この場合もやはりモーメントの母関数の対数はキュムラントの母 関数である.


連続場のキュムラント母汎関数

変数が連続場であって,無限個ある場合にも上と同様に考察できる.変数の自 由度が連続無限大となるため,母関数ではなく母汎関数を考えることになる. モーメント母汎関数は次のように定義される.

$\displaystyle Z[J]$ $\displaystyle \equiv$ $\displaystyle \left\langle \exp\left(- \int dx J(x) \phi(x)\right) \right\rangle$  
  $\displaystyle =$ $\displaystyle \sum_{N=0}^\infty \frac{(-1)^N}{N!}
\int dx_1\cdots dx_N J(x_1) \cdots J(x_N)
\left\langle \phi(x_1)\cdots\phi(x_N) \right\rangle$ (O.3.61)

汎関数とは,関数の関数のことで,一つの関数が与えられたときに,対応する 数が与えられるようなものである.上の例では,関数$ J(x)$ が与えられたとき に一つの数$ Z[J]$ が定まる.すなわち,関数から数への写像である.一般に, 関数$ f(x)$ の汎関数は$ F[f]$ のようにあらわす.連続変数$ x$ を離散的な点の 集合 $ x_1,x_2,\ldots,x_p$ と近似的に考えれば,離散的な変数 $ f_k \equiv
f(x_k)$ の多変数関数 $ F(f_1,f_2,\ldots)$ で表される.汎関数はこのような 有限自由度の多変数関数において,自由度無限大の極限を取って$ x$ を連続変 数にする,すなわち連続極限を取ったものと考えられる.

モーメントはこの母汎関数の微分を取れば良いが,連続無限自由度をもつ変数 による微分は通常の微分を拡張したものであり,汎関数微分というものとなる. これは,連続場$ f$ のある一点$ x$ における値を変化させたときの汎関数$ F[f]$ の変化率のことである.具体的には,ある変分 $ \delta f(x)$ における汎関数 の変化を

$\displaystyle \delta F[f] = F[f+\delta f] - F[f] = \int dx \frac{\delta F}{\delta f(x)} \delta f(x)$ (O.3.62)

と表したときの $ \delta F/\delta f(x)$ を汎関数微分の定義とする.汎関数と して,特に$ x = y$ の点の値のみを返す $ F[f] = f(y)$ というものを考えて上の 定義に代入することにより,容易に

$\displaystyle \frac{\delta f(y)}{\delta f(x)} = \delta(y-x)$ (O.3.63)

という性質があることが示される.ここで右辺はデルタ関数である.上で述べ たように汎関数は多変数関数の連続極限と考えられるが,これに対応して,汎 関数微分は偏微分の連続極限と考えられる.したがって,自由度が連続である ことを別にすれば,通常の偏微分のように微分の連鎖則などが成り立つ.ただ し,偏微分の場合には全自由度に対して和をとるようなところは汎関数微分の 場合には積分になる.

この汎関数微分を用いることにより,モーメントの表式は

$\displaystyle \left\langle \phi(x_1)\cdots\phi(x_N) \right\rangle = (-1)^N \left. \frac{\delta^N Z}{\delta J(x_1)\cdots\delta J(x_N)} \right\vert _{J(x)=0}$ (O.3.64)

であることがわかる.また,式(15.3.48)において, $ X=-\int dx J(x)
\phi(x)$ とおけば,

$\displaystyle \ln Z[J] = \sum_{N=1}^\infty \frac{(-1)^N}{N!} \int dx_1\cdots dx...
..._1) \cdots J(x_N) \left\langle \phi(x_1) \cdots \phi(x_N) \right\rangle_{\rm c}$ (O.3.65)

となるので,

$\displaystyle \left\langle \phi(x_1) \cdots \phi(x_N) \right\rangle_{\rm c} = (...
...frac{\delta^N \ln Z} {\delta J(x_1) \cdots \delta J(x_N)} \right\vert _{J(x)=0}$ (O.3.66)

である.

上では,連続場の空間が1次元のように書いてあるが,もちろん,3次元空間 中の連続場などでも,同様である.宇宙論においては,密度ゆらぎ $ \delta({\mbox{\boldmath $x$}})$ の統計が扱われるが,これは3次元空間中の連続場である. $ \left\langle \delta \right\rangle =0$ に注意すると,密度ゆらぎの場のキュムラント展開定理は次 の式で表される:

$\displaystyle Z[J]$ $\displaystyle =$ $\displaystyle \left\langle \exp\left(-\int d^3x J({\mbox{\boldmath$x$}}) \delta({\mbox{\boldmath$x$}})\right) \right\rangle$ (O.3.67)
$\displaystyle \ln Z[J]$ $\displaystyle =$ $\displaystyle \sum_{N=2}^\infty \frac{(-1)^N}{N!}
\int d^3x_1\cdots d^3x_N
J(...
...)
\xi^{(N)}\left({\mbox{\boldmath$x$}}_1,\ldots,{\mbox{\boldmath$x$}}_N\right)$ (O.3.68)

ここで,

$\displaystyle \xi^{(N)}\left({\mbox{\boldmath$x$}}_1,\ldots,{\mbox{\boldmath$x$...
...{\boldmath$x$}}_1),\ldots,\delta({\mbox{\boldmath$x$}}_N) \right\rangle_{\rm c}$ (O.3.69)

は密度ゆらぎの場の$ N$ 点相関関数である.


天体分布のキュムラント母汎関数

天体の分布のような離散的な点分布についての高次相関関数を与える母汎関数 を次に考えてみる.§15.1.2で考えたように、空間を微小体積 $ \delta V_i$ に分割して,その中の天体の数を$ m_i$ とすると,$ m_i =0, 1$ のみ である.この分割された空間で、式(15.2.44)で定義される、微小体 積 $ \delta V_i$ の個数のゆらぎ $ \delta_{{\rm g}i}$ を考えれば,離散分布の 相関関数は式(15.2.45)で与えられる。微小体積を無限小にした連続 極限においては、 $ \delta_{\rm g}$ は天体のある場所にデルタ関数が立ってい るような、特異な場となる。実際、天体のある場所を $ {\mbox{\boldmath $r$}}_a$ とすると、 この極限で式(15.2.44)は、

$\displaystyle \delta_{\rm g}({\mbox{\boldmath$x$}}) = \sum_a \frac{1}{\bar{n}}\delta^3\left({\mbox{\boldmath$x$}} - {\mbox{\boldmath$r$}}_a\right) - 1$ (O.3.70)

となっている。すると、このような極限において離散分布 $ \delta_{\rm
g}({\mbox{\boldmath $x$}})$ のモーメント母関数は
$\displaystyle Z_{\rm g}[J] =
\left\langle \exp\left(-\int d^3x J({\mbox{\boldmath$x$}}) \delta_{\rm g}({\mbox{\boldmath$x$}})\right) \right\rangle$     (O.3.71)

と定義される。ここで、式(15.2.45)とキュムラント展開定理から、

$\displaystyle \xi^{(N)}_{{\rm g}12\cdots N} = (-1)^N \left. \frac{\delta^N \ln ...
...oldmath$x$}}_1) \cdots \delta J({\mbox{\boldmath$x$}}_N)} \right\vert _{J(x)=0}$ (O.3.72)

となる。

ここで、離散分布のモーメント母関数(15.3.71)を連続場と結び付ける ため、天体の数密度を表す場を $ n({\mbox{\boldmath $x$}})$ としよう.この数密度場は質量の 密度場に比例するものとする.すなわちこれは§15.1.2で考えた, バイアスのないポアソンモデルである.微小体積 $ \delta V_i$ の数密度の値を $ n_i = n({\mbox{\boldmath $x$}}_i)$ とする. 式(15.3.71)を微小体積の和で表し直して、

$\displaystyle Z_{\rm g}[J] = \left\langle \exp\left(- \sum_i \delta V_i J_i \de...
...t) \left\langle \prod_i \exp\left(-\frac{J_i m_i}{\bar{n}}\right) \right\rangle$ (O.3.73)

となるが、ここで$ m_i =0, 1$ のみであること、および、密度場が固定されてい るときのポアソン平均は $ \langle m_i\vert n_i\rangle = n_i \delta V_i$ である ことから、
    $\displaystyle \left\langle \prod_i \exp\left(-\frac{J_i m_i}{\bar{n}}\right) \r...
...left[1 - \left(1 - e^{-J_i/\bar{n}}\right)
n_i \delta V_i\right] \right\rangle$  
    $\displaystyle \quad =
\left\langle \prod_i\exp\left[ - \left(1 - e^{-J_i/\bar...
...[-\sum_i \delta V_i \left(1 - e^{-J_i/\bar{n}}\right)
n_i\right] \right\rangle$ (O.3.74)

と計算される。したがって、結局

$\displaystyle Z_{\rm g}[J] = \exp\left[\int d^3x J({\mbox{\boldmath$x$}})\right...
...ze\boldmath$x$}})/\bar{n}}\right) n({\mbox{\boldmath$x$}})\right] \right\rangle$ (O.3.75)

であることがわかる。さらに、数密度場は連続的な密度ゆらぎ $ \delta({\mbox{\boldmath $x$}})$ により

$\displaystyle n({\mbox{\boldmath$x$}}) = \bar{n}\left[1 + \delta({\mbox{\boldmath$x$}})\right]$ (O.3.76)

で与えられることから、式(15.3.67)で与えられる連続的な密度ゆら ぎのモーメント母汎関数$ Z[J]$ を用いれば、

$\displaystyle Z_{\rm g}[J] = \exp\left[ \int d^3x J({\mbox{\boldmath$x$}}) - \b...
...\bar{n}\left(1 - e^{-J({\mbox{\scriptsize\boldmath$x$}})/\bar{n}}\right)\right]$ (O.3.77)

となる。したがって、キュムラントの母汎関数の間に

$\displaystyle \ln Z_{\rm g}[J] = \int d^3x J({\mbox{\boldmath$x$}}) - \bar{n}\i...
...\bar{n}\left(1 - e^{-J({\mbox{\scriptsize\boldmath$x$}})/\bar{n}}\right)\right]$ (O.3.78)

という関係があることがわかる。


相関関数の統計的完全性

キュムラントの全体は分布の統計的情報をすべて含んでいることに触れたが、 それに対応して、相関関数の全体は空間分布についての統計的情報をすべて含 んでいる。高次相関関数をすべて含む相関関数の関数形を与えれば、それは空 間分布の統計的性質を完全に指定したことになる。

たとえば、密度場の相関関数 $ \xi^{(N)}\left({\mbox{\boldmath $x$}}_1,\ldots,{\mbox{\boldmath $x$}}_N\right)$ がすべて与えられたも のとすると、式(15.3.67)により、モーメント母汎関数$ Z[J]$ が定ま るため、これにより、あらゆる統計的性質が導き出されることになる。天体分 布の相関関数は母汎関数 $ \ln Z_{\rm g}[J]$ を汎関数微分することにより得ら れるが、この汎関数は上で導いたように、式(15.3.78)によって密度ゆ らぎの母汎関数$ Z[J]$ と結び付いている。このように、モーメント母汎関数は 分布の統計にとって基本的な量であり、空間分布から導き出されるどのような 統計量であろうとも、この母汎関数に帰着させることが原理的に可能である。


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