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宇宙の優勢成分のゆらぎ

具体的に方程式の解を調べてみよう.まず最初にもっともシンプルな場合とし て,一成分からなる宇宙で,非等方ストレス,エントロピーのゆらぎがない場 合( $ {\mit\Pi}= \Gamma = 0$ )を考える.


非相対論的物質の場合

宇宙に非相対論的物質のみしかないと近似できる場合を考える.これは宇宙の, $ w \ll 1$ となるので,バーディーン変数による一成分の成長の式 (12.1.33)-(12.1.36) は

    $\displaystyle \Delta'
= \left(k^2 - 3K \right) V$ (L.2.37)
    $\displaystyle V' + {\cal H}V = - {c_s}^2 \Delta - \Phi$ (L.2.38)
    $\displaystyle - \left(k^2 - 3K \right) \Phi
= 4 \pi G a^2 \bar{\rho} \Delta$ (L.2.39)

というシンプルな式になる.これは$ \Delta$ の方程式にすれば,

$\displaystyle \Delta'' + {\cal H}\Delta' =a^2 \left[ 4\pi G \bar{\rho} - \frac{{c_s}^2(k^2 - 3K)}{a^2} \right] \Delta$ (L.2.40)

となるが,現実の宇宙ではジーンズスケールは曲率のスケールに比べればとて も小さいので,$ K$ の項が効くことはないので落す.これは共形時間$ \tau$ か ら通常の時間$ t$ の微分方程式に直せばニュートン近似の場合(6.2.30) と全く同様の式になる:

$\displaystyle \ddot{\Delta} + 2 H \dot{\Delta} = \left( 4\pi G \bar{\rho} - \frac{{c_s}^2 k^2}{a^2} \right) \Delta$ (L.2.41)

この方程式の解の振る舞いはニュートン近似のところですでに詳細に調べてあ る.この式はホライズンスケールを超えるような相対論的な領域でも成り立っ ていたのである.この解を代入することにより,式(12.2.37), (12.2.39)から容易に$ V$ , $ \Phi$ の形も求まる.ジーンズ波長より大き なスケールでのその結果は成長モードと減衰モードの時間発展 $ D_\pm(\tau)$ , $ f_\pm(\tau)$ により
    $\displaystyle \Delta = D_+ A_+ + D_- A_-$ (L.2.42)
    $\displaystyle V = \frac{a H}{k^2 - 3K} \left(f_+ D_+ A_+ + f_- D_- A_-\right)$ (L.2.43)
    $\displaystyle \Phi = - \frac32 \
\frac{a^3 H^2 \Omega}{k^2 - 3K}
\frac{1}{a} \left(D_+ A_+ + D_- A_-\right)$ (L.2.44)

また,最後の式では,物質優勢により $ a^3 H^2 \Omega = {\rm const.}$ であ る.

初期の宇宙$ a \ll 1$ においては,膨張の式において曲率や宇宙項の影響が小さ くなり,スケール因子の成長則はアインシュタイン・ドジッター宇宙の場合の もの $ a\propto t^{2/3}$ , $ H \propto a^{-3/2}$ に近付いて行く.その場合, 成長モードは $ D_+ \propto a$ , $ f_+ \propto 1$ となるので, $ \Delta
\propto a$ , $ V \propto a^{1/2}$ , $ \Phi \propto 1$ のようにふるまう.す なわち,不変ポテンシャル$ \Phi$ は一定となる.負の曲率や正の宇宙項がある 場合には$ D_+$ $ a$ よりも遅い成長をするので,ポテンシャルのゆらぎはその 分時間とともに減少することになる.

バーディーン変数$ \Delta$ はホライズンよりも大きいスケールだろうが,小さ いスケールだろうが,同様に成長する.これは全物質ゲージの密度ゆらぎがそ うであることを意味するが,密度ゆらぎはゲージ依存するので,他のゲージで の密度ゆらぎはまた異なるふるまいをする.ニュートンゲージにおける密度ゆ らぎである $ \delta^{\rm (GI)}$ のふるまいを見てみよう.アインシュタイン・ ドジッターの成長モードでは,式(10.4.164), (10.4.165)から,

$\displaystyle \delta^{\rm (GI)} = \Delta + 3 a H V \propto a + \frac{3 a^3 H^2}{k^2}$ (L.2.45)

である.第2項は時間について定数となる.ここで$ aH$ はホライズンスケール の逆数であるから,サブホライズンスケール$ k\gg aH$ の場合,上式の第一 項が優勢になり,ニュートン近似の場合にしたがって成長する.だが,逆に超 ホライズンスケール$ k\ll aH$ の場合には第2項が優勢になるので,ゆらぎ は成長しない.これは全物質ゲージとは定性的に全く異なるものである.

相対論的物質の場合

同様に,相対論的物質のみの宇宙を考えてみよう.この場合, $ w
={c_s}^2=1/3$ とおくことにより,ゆらぎの成長の式は

    $\displaystyle \Delta' - {\cal H}\Delta
= \frac43 \left(k^2 - 3K \right) V$ (L.2.46)
    $\displaystyle V' + {\cal H}V = - \frac14 \Delta - \Phi$ (L.2.47)
    $\displaystyle - \left(k^2 - 3K \right) \Phi
= 4 \pi G a^2 \bar{\rho} \Delta$ (L.2.48)

となる.式(10.4.82) を用いると,$ \Delta$ の方程式は

$\displaystyle \Delta'' - \left[ 2 {\cal H}^2 + 2 K - \frac{k^2}{3} \right] \Delta = 0$ (L.2.49)

となる.現実には相対論的物質が優勢の宇宙は十分初期であり,このとき上式 の曲率の項は前の項に比べて無視でき,スケール因子は $ a\propto
t^{1/2}\propto \tau$ となる.以下,この近似で解を調べる.この場合には時 間変数の代わりにスケール因子を用いると便利で,曲率項を落した上式は

$\displaystyle a^2 \frac{d^2\Delta}{da^2} - \left(2 - \frac{k^2}{3a^2 H^2}\right) \Delta = 0$ (L.2.50)

となる.

ここでは音速が光速のオーダーなので,ジーンズスケールがホライズンスケー ルのオーダーとなり,ホライズンよりも小さなスケールのゆらぎは成長できな い.超ホライズンスケール$ k\ll aH$ の解は $ \Delta \propto a^n$ と置くこと によりただちに $ \Delta \propto a^2, a^{-1}$ と求まる.したがって,超ホラ イズンスケールの成長解として,

    $\displaystyle \Delta = \frac{a^2}{{a_{\rm in}}^2} \Delta_{\rm in}$ (L.2.51)
    $\displaystyle V = \frac34 \frac{H_{\rm in}}{k^2 - 3K} a \Delta_{\rm in}$ (L.2.52)
    $\displaystyle \Phi = - \frac32 \
\frac{{a_{\rm in}}^2 {H_{\rm in}}^2}{k^2 - 3K}
\Delta_{\rm in}$ (L.2.53)

を得る.ここで, $ a^2 H = {\rm const.}$ を用いた.したがって,輻射優勢期 でもポテンシャル$ \Phi$ が一定となっていることがわかる.

一方,サブホライズンスケールでは

$\displaystyle \frac{d^2\Delta}{da^2} + \frac{k^2}{3a^4 H^2} \Delta = 0$ (L.2.54)

となるが,$ a^2 H$ は一定なので,ただちに積分できて,振動解

$\displaystyle \Delta \propto \exp\left(i \frac{k}{\sqrt{3}{a_{\rm in}}^2 H_{\rm in}} a \right)$ (L.2.55)

を得る.ホライズンよりも小さいスケールへいけばいくほどより速く振動して いることがわかる.

ゆらぎのスケールがホライズンを横切ると成長モードが振動に転ずることにな る.そのふるまいは式(12.2.50)を近似なしに解けば得られが,これも実 は解析的にできる.すなわち, $ \Delta = a F$ とおいて $ a H^2 = {\rm
const.}$ に注意すれば方程式は一次の球ベッセル関数の微分方程式に帰着し, その結果,一般解は

$\displaystyle \Delta = a \left[A j_1\left(\frac{k}{\sqrt{3}aH}\right) + B n_1\left(\frac{k}{\sqrt{3}aH}\right) \right]$ (L.2.56)

となる.ここで$ A$ , $ B$ は積分定数,$ j_1$ , $ n_1$ はそれぞれ一次の第一種球 ベッセル関数,第二種球ベッセル関数である.ベッセル関数の漸近形を使えば 当然ながら上で得た式を再現する.超ホライズンスケールでは第一項が成長モー ド $ \propto a^2$ ,第二項が減衰モード $ \propto a^{-1}$ に近付き,サブホラ イズンスケールでは両項ともに振動する.

接続解

ここで,近似的に輻射優勢期から非相対論的物質優勢期へ $ a=a_{\rm eq}$ にお いて一瞬で切り替わると考えてみよう.実際にはこれは一瞬で起こることでは ないが,ゆらぎがこの移行期の前後で十分成長するならば,ゆらぎの成長の振 る舞いに関する近似としては悪くないであろう.すると,ゆらぎの振る舞いの 記述としては,上で調べた2つの解をこの移行期で接続すればよいことになる.

まず,超ホライズンスケールを考える.輻射優勢期で減衰モードは十分減衰し ていると考えれば, $ a_{\rm eq}$ 以前での輻射のゆらぎと速度場は式 (12.2.51)-(12.2.53)で十分正確に表される.そこで,これを物 質優勢時に切り替わった後の一般的式(12.2.42)-(12.2.44)に, $ a=a_{\rm eq}$ において接続する.移行期には近似的に$ f_+ = 1$ , $ f_- =
-3/2$ であること,成長関数を $ D_\pm(a_{\rm eq}) = 1$ と規格化することに より,接続条件は

    $\displaystyle \frac{{a_{\rm eq}}^2}{{a_{\rm in}}^2} \Delta_{\rm in}
= A_+ + A_-$ (L.2.57)
    $\displaystyle \frac34 H_{\rm in}a_{\rm eq} \Delta_{\rm in}
= a_{\rm eq} H_{\rm eq}
\left(A_+ -\frac32 A_-\right)$ (L.2.58)

となる.ここで, $ {a_{\rm in}}^2 H_{\rm in} = {a_{\rm eq}}^2 H_{\rm
eq}$ を用いてこれを$ A_\pm$ について解いて物質優勢期のゆらぎの解に代入す れば,等密度時以降のゆらぎの振る舞いは
    $\displaystyle \Delta = \left( \frac{9}{10} D_+ + \frac{1}{10} D_- \right)
\Delta_{\rm eq}$ (L.2.59)
    $\displaystyle V = \frac{a H}{k^2 - 3K}
\left( \frac{9}{10}f_+ D_+
+ \frac{1}{10} f_- D_-
\right)
\Delta_{\rm eq}$ (L.2.60)
    $\displaystyle \Phi = - \frac32 \
\frac{a^3 H^2 \Omega}{k^2 - 3K}
\frac{1}{a}
\left( \frac{9}{10} D_+ + \frac{1}{10} D_- \right)
\Delta_{\rm eq}$ (L.2.61)

と求められる.ここで, $ \Delta_{\rm eq} \equiv (a_{\rm eq}/a_{\rm
in})^2 \Delta_{\rm in}$ は等密度時における密度ゆらぎである.等密度時ま でに成長してきたゆらぎのうち,10%は物質優勢期への移行時に減衰モードと なり,残りの90%が成長モードになる.また,ポテンシャルの漸近的な一定値 は等密度時をはさんで$ 9/10$ 倍になることもわかる.輻射と直接相互作用をし ないダークマターの超ホライズンスケールのゆらぎの成長はおおまかにこのよ うなものになる.

一方,サブホライズンスケールでは,振動の時間スケールが小さく,優勢物質 の移行にかかる時間スケールに比べて十分大きくないので,振動の位相もふく めたゆらぎのパターンの成長については等密度時が一瞬であるという近似が悪 くなる.したがって,上で調べたような解の接続の方法はあまり意味がない. だが,位相について平均したゆらぎの振幅についてはおおむね次のように理解 できるだろう.すなわち,輻射優勢期にゆらぎは音響振動により,成長できな い.その時期にはダークマターのゆらぎもMészáros効果により,ほとんど 成長しない.等密度時以降はジーンズスケールが急速に小さくなることによっ てサブホライズンスケールが成長できるようになる.

初期ゆらぎのスペクトル変形と遷移関数

上の考察によって,ゆらぎの成長はそのスケール$ k$ が等密度時にホライズン に入ったかどうかで大きく異なることがわかる.もし等密度時までにホライズ ンに入らなければ,ゆらぎはほぼ$ a$ に比例して一様に成長する.ホライズン に入っている時間が長い小スケールほど,ゆらぎの振幅が抑えられる.等密度 時以降は小さくなったジーンズスケール以上のどのスケールも一様に成長する ので,その成長のスケール依存性はほぼなくなっている.したがって,物質優 勢期の線形ゆらぎ $ \Delta(k,t)$ のスケール依存性は,初期ゆらぎ $ \Delta_{\rm in}(k)$ のスケール依存性に比べて,輻射優勢期に受けたスケー ルに依存した成長の分だけ異なり, $ \Delta(k,t)
\propto D_+(t) T(k)
\Delta_{\rm in}(k)$ と書けることになる.このように,現在のゆらぎのスケー ル依存性と初期ゆらぎのスケール依存性の違いを表す関数$ T(k)$ を遷移関数 (transfer function)と呼ぶ.

遷移関数がどのような形を持つか調べてみよう.上に述べた簡単なモデルによ り,等密度時におけるホライズンスケールより大きいスケール $ k \ll a_{\rm
eq} H_{\rm eq}$ では輻射優勢時,物質優勢時を通じてどのスケールも一様に 成長するので,$ k$ によらない一定値を取る.遷移関数は通常$ k=0$ において $ T(0) = 1$ となるように規格化されるので,その一定値は1である.遷移関数 は等密度時のホライズンスケールを特徴的なスケールとして持つ.それは $ k_{\rm H,eq} \equiv a_{\rm eq} H_{\rm eq} \simeq 0.102 \Omega_0 h\
[h/{\rm Mpc}]$ で与えられる.このスケール付近で遷移関数は下がり始めるこ とになる.ホライズンの中では一般に粒子同士の相互作用や,粒子の自由運動 によるゆらぎの散逸など,ゆらぎの成長は複雑なプロセスに支配される.だが, 物質がコールドダークマターでできている場合にはこれらの効果は一切なく, 最も簡単であるので,ここで見てみよう.実際,コールドダークマターのゆら ぎは本質的に,上で述べた等密度時までのゆらぎの抑制機構だけで現在のゆら ぎの性質が決定されている.あるスケール$ k$ のゆらぎ$ \Delta(k)$ $ k$ がホ ライズンに入るまでの間$ a^2$ に比例して成長し,ホライズンに入ってから後, 等密度時までは成長がとまる.ある時刻にホライズンに入るスケールは $ k =
aH
\propto a^{-1}$ である.すなわち,あるスケール$ k$ がホライズンに入る時刻 のスケール因子を $ a_{\rm ent}(k)$ とすると, $ a_{\rm ent}(k)\propto
k^{-1}$ である.したがって,初期時刻から等密度時までのスケール$ k$ のゆら ぎの成長は $ \Delta(k)
\propto [a_{\rm ent}(k)]^2 \Delta_{\rm in}(k)
\propto k^{-2} \Delta_{\rm in}(k)$ となる.したがって,遷移関数は $ k^{-2}$ に比例する.つまり,コールドダークマターの遷移関数は漸近形とし て,

$\displaystyle T(k) \propto \left\{ \begin{array}{ll} 1 & (k \ll k_{\rm H,eq})  k^{-2} & (k \gg k_{\rm H,eq}) \end{array} \right.$ (L.2.62)

となることがわかる.一成分系の近似でこのような大まかな理解ができるが, 遷移関数の詳細な形を知るには多成分系の方程式を解く必要がある.以下では 多成分系のゆらぎの成長を調べる.


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