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ゲージの問題

重力を受ける相対論的粒子のゆらぎの振る舞いや,ホライズンサイズに比べて 無視できないような大規模なスケールのゆらぎを調べるには、ニュートン近似 が使えない.これらの場合には完全に相対論的に取り扱う必要がある。ところ が,一般相対論的なゆらぎの定式化にはゲージ自由度という問題があることが 知られている.この問題は,摂動宇宙の定式化において,背景時空と摂動時空 という2種類の時空を考えなければならないことに起因する.背景時空は、空 間的に一様な全くゆらいでいない仮想的な時空であり、実際には存在しないも のである。現実の非一様時空は一様な背景時空からずれた摂動時空と考える. 理論的に、摂動時空の物理量は実際の非一様時空における値から,仮想的な一 様時空における値を差し引いたずれとして取り扱われる.このずれを具体的に 取り扱うには背景時空の各点と摂動時空の各点を対応させる必要があるが,こ の対応関係が一意的でないのである.この任意に決められる自由度は,物理量 本来の力学的自由度とは区別されるべきもので,ゲージ自由度と呼ばれる.ま た,この対応関係を決めることをゲージ固定という.また,異なるゲージ固定 の間の変換をゲージ変換という.

ゲージ自由度は力学的自由度と容易に混ざりあい,不適切なゲージ固定をする と,物理的なゆらぎと関係のないゆらぎが見掛け上の物理量のゆらぎとなって 現れてきてしまうことがある.極端な話,物理的には全くゆらいでいない系で も,時間一定面を空間的にゆらいでとれば,見掛け上あらゆる物理量がゆらい で見えることになる.とくに物理量のゆらぎの時間発展を追う場合,純粋にゲー ジ固定に起因するゆらぎの時間発展であるゲージモードが大きくなり,本来の 物理的自由度の時間発展を上回ってしまうことがあり得る.ゲージモードをそ れと判別できなければ,ゆらぎの成長について間違った結論に導かれてしまう ことになる.これがゲージの問題である.

具体的な定式化においては,背景時空として一様等方なフリードマン・ルメー トルモデルが取られ,摂動時空には適当に座標を張ることになる.そして,背 景宇宙の時空座標値と摂動宇宙の時空座標値が同じ値となる点同士を対応させ る.この場合,背景時空の座標を固定したまま摂動時空の座標を変化させるこ とが,ゲージ変換の自由度に対応する.すなわち,ゲージ固定は摂動時空の座 標の張り方に対する自由度を固定することに等しい.ただし,ゲージ変換は, 単に時空上の事象の名前を変更しているだけの座標変換とは区別される必要が ある.例えば,背景時空と摂動時空の座標を同様に回転させるような座標変換 はゲージ変換ではない.そのような座標変換は実際の観測量に結び付いたもの である.ゲージ自由度は純粋に理論的な定式化において現れてきた自由度であ るから,観測量はゲージに依存しない.すなわち,観測量に対応する量はゲー ジ不変であるべきである.

ニュートン近似においては,重力は重力ポテンシャル場として表され,時空は 純粋な背景時空である.この場合にはゲージ自由度はまったく存在しないので, 上のような問題は現れなかった.それに対応して,一般相対論的な取り扱いに おいても,ホライズンスケールより十分小さなスケールのゆらぎを考える限り, ゲージ自由度によって,物理量の時間発展が異なって見えることはない.だが, ホライズンスケールのゆらぎでは,ゲージ固定を適当に選んで,全く異なった 時間発展をするゆらぎをつくり出すことができる.

ゲージの問題は,ゲージ固定を完全に行えば観測に対応した物理量には現れな い.だが,理論的には必ずしも観測量でない物理量を基本変数に取るのが自然 である.ニュートン近似の場合,密度ゆらぎや特異速度場を考えたが,これら は実際には観測量ではなく,ゲージ依存するものである.これら基本的な物理 量から観測量を求めればそれはゲージ不変であるが,一般に観測量は基本的物 理量の複雑な関数である.通常取り扱う物理変数はゲージ依存するので,どの ようなゲージを取るかは,全く任意である.

さらに,通常ゲージ固定は計量に対する条件を課すことによってなされるので, ゲージ固定が完全でない場合も多い.固定されずに残ったゲージ自由度は,初 期条件などで固定されるべきだが,あまり明らかな問題ではない.

ここでは,ゲージの問題を見通し良く避けるための一般的なやり方として,バー ディーンによって始められた,ゲージ不変摂動論を採用する.この方法では, はじめにゲージ固定をせずに全く一般の計量から出発してアインシュタイン方 程式を取り扱う,すると,ゲージ自由度に対応する分だけ方程式が少ないこと になるが,ゲージ変換に対して不変なゲージ不変量のみに着目することにより, 方程式の変数は必要十分な数になるのである.宇宙の観測によって得られるよ うな観測量の間の関係は、人為的なゲージに依存することはなく、必ずゲージ 不変な関係であり、ゲージ不変量のみで書き表されるはずである.したがって, 具体的なゲージ固定をする必要がない.




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