我々の宇宙にある物質で確実に存在すると考えられるのが,バリオンと輻射で ある.そこで,我々の宇宙がこの2つの成分からなるとしてみよう.この場合, , , であることから輻射が脱結合する前には音速の変化が,
光子の脱結合のとき,光子は一瞬でバリオンとの相互作用が切れてしまうわけ ではない.はじめは頻繁にバリオンと衝突していたものが,徐々に衝突の回数 が減っていき,最終的にはほとんど衝突しなくなるという連続的なものである. はじめ短い距離しかまっすぐ進めなかったものが,だんだん長い距離を進める ようになって光子は拡散していく.だが依然バリオンとまだ衝突するので,摩 擦が働き,バリオンを引きずってしまう.これによりバリオンの密度ゆらぎは あるスケールでならされることになる.このようなバリオンゆらぎの減衰を シルク減衰 (Silk damping)という.
シルク減衰のスケールのオーダーを見積もるために,光子の拡散距離を考える. 光子の衝突確率は であるから,一回の衝突する のに要する平均的な時間はこの逆数で与えられる.その間に進める距離 は平均自由行程と呼ばれ,
以上見てきたように,バリオンと輻射で成り立っているような宇宙では,光子 との相互作用によって脱結合の時期まで,銀河団よりも大きなスケールでもゆ らぎが成長することができない.これは銀河団よりも小さな宇宙の構造は脱結 合以後に成長し始めて現在の構造に至ったことを意味する.簡単なアインシュタイン・ ドジッター宇宙の場合,ゆらぎの線形成長 であるから,脱 結合時のゆらぎの大きさは現在のものに比べて
温度が密度と同じようにゆらいでいる断熱ゆらぎでなければ上の矛盾は回避で きる可能性は残されている.宇宙の初期ゆらぎができたときに物質成分と輻射 成分の和は空間的に一定のまま,成分のエネルギー密度の比だけがゆらいでい る場合が考えられる.これを等曲率ゆらぎ (isocurvature perturbation)という.この場合にはエントロピーがゆらぐので上の式 (6.4.95)は成り立たない.そのかわり, となっていることと か ら
このように,重力不安定性によって構造形成が起こったならば,我々の宇宙の 主要構成物質がバリオンであるとすると観測との間に矛盾を生じる.これは, バリオンが脱結合時まで光子と相互作用していることにその第一の原因がある. ここで,バリオン以外の物質が宇宙の主要構成物質であるならば,脱結合時以 前からゆらぎが成長できているため,次節で見るように,バリオンがそのとき に十分ゆらいでいなくても観測と矛盾しないことになるのである.
驚くべきことに,実は宇宙にはバリオン以外の物質が重力的に支配的であると いう証拠は数多く存在する.銀河の回転曲線,銀河団の質量-光度比,銀河の 特異速度場の観測などにより,光ることのない物質,ダークマター (dark matter)の存在が示唆されている.その結果,宇宙の質量パラメータ は0.1よりも大きいことが明らかになったが,これは元素合成の理 論から予言されるバリオンの量 を上回っている. すなわち,バリオン以外の物質が大量に存在することになる.ダークマターの 候補はいくつか考えられているが,本当はなにものであるのかはよくわかって いない.重力相互作用でしかその実体を捉えられていないという,ミステリア スな物質である.