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光子の脱結合と電子の再結合

初期宇宙では,光子は主に自由電子との相互作用によってバリオン的物質と結 合している.この結合ここまでみたような弱い相互作用による結合よりもずっ と大きいので,もっと最近まで結合しているが,いずれ光子も脱結合する.光 子あたりの相互作用率はトムソン散乱断面積 $ \sigma_{\rm T} = 6.65 \times
10^{-25} cm^2$ を用いて,

$\displaystyle {\mit\Gamma}_\gamma = c n_{\rm e} \sigma_{\rm T}$ (D.7.63)

で与えられる.ここで,$ n_{\rm e}$ は自由電子の数密度である.自由電子の 数は反応

$\displaystyle {\rm p} + {\rm e} \leftrightarrow {\rm H} + \gamma$    

によって変化するので,まずはこの数密度の変化を調べる必要がある.

熱平衡状態では,電子,陽子,水素の数密度は次のようになる.

$\displaystyle n_{\rm e} = 2 \left(\frac{m_{\rm e} k_{\rm B} T}{2\pi\hbar^2}\right)^{3/2}
\exp\left(-\frac{m_{\rm e} c^2 - \mu_{\rm e}}{k_{\rm B} T}\right)$     (D.7.64)
$\displaystyle n_{\rm p} = 2 \left(\frac{m_{\rm p} k_{\rm B} T}{2\pi\hbar^2}\right)^{3/2}
\exp\left(-\frac{m_{\rm p} c^2 - \mu_{\rm p}}{k_{\rm B} T}\right)$     (D.7.65)
$\displaystyle n_{\rm H} = 4 \left(\frac{m_{\rm H} k_{\rm B} T}{2\pi\hbar^2}\right)^{3/2}
\exp\left(-\frac{m_{\rm H} c^2 - \mu_{\rm H}}{k_{\rm B} T}\right)$     (D.7.66)

光子の化学ポテンシャルはゼロであるから,平衡状態では上の化学ポテンシャ ルの間に

$\displaystyle \mu_{\rm p} + \mu_{\rm e} = \mu_{\rm H}$ (D.7.67)

の関係がある.ここで宇宙の電荷は全体としてゼロであることから $ n_{\rm p}
= n_{\rm e}$ であることと, $ m_{\rm H} \simeq m_{\rm p}$ を使えば,

$\displaystyle \frac{{n_{\rm e}}^2}{n_{\rm H}} = \left(\frac{m_{\rm e} k_{\rm B} T}{2\pi\hbar^2}\right)^{3/2} \exp\left(-\frac{I_{\rm H}}{k_{\rm B} T}\right)$ (D.7.68)

となることがわかる.ここで,

$\displaystyle I_{\rm H} = \left(m_{\rm p} + m_{\rm e} - m_{\rm H}\right) c^2 = 13.59 {\rm eV}$ (D.7.69)

はよく知られた水素のイオン化エネルギーである.式(4.7.68)のような イオン化についての平衡状態における数密度の関係式はサハの式と呼ばれるも のである.ここで,$ n_{\rm b}$ を全バリオン数の数密度として,イオン化率 $ X_{\rm e} \equiv n_{\rm e}/n_{\rm b} = n_{\rm p}/n_{\rm b}$ を導入する. このとき, $ n_{\rm H} = n_{\rm b} - n_{\rm e}$ である.すると,式 (4.7.68)はバリオン量 $ \eta = n_{\rm b}/n_\gamma$ を用いて,

$\displaystyle \frac{1 - X_{\rm e}}{{X_{\rm e}}^2} = \frac{4\sqrt{2}\zeta(3)}{\s...
...} T}{m_{\rm e} c^2}\right)^{3/2} \exp\left(\frac{I_{\rm H}}{k_{\rm B} T}\right)$ (D.7.70)

となる.この式を$ X_{\rm e}$ について温度の関数として解けば,イオン化率 が温度の関数,したがって,赤方偏移の関数として求められることになる:

$\displaystyle X_{\rm e} = X_{\rm e}(T) = X_{\rm e}\left[(1 + z)T_0\right]$ (D.7.71)

バリオン量が $ {\mit\Omega}_{b0}h^2 \simeq 0.01$ であるとき,この関数は温度が 3000Kに下がるまでに $ X_{\rm e}\simeq 0.01$ まで落ちてしまう.つまりこの時期に は自由電子はほとんど水素原子と結合して,宇宙が中性化することになる.こ れを電子の再結合(recombination)という:
$\displaystyle T_{\rm rec}$ $\displaystyle \simeq$ $\displaystyle 3300  {\rm K}$ (D.7.72)
$\displaystyle z_{\rm rec}$ $\displaystyle \simeq$ $\displaystyle 1200$ (D.7.73)

この時期はもう物質優勢期に入っている.ここで,上の式を $ X_{\rm e} \ll
1$ に外挿した場合,実質的に完全な中性化を起こすように見えるが,実際には この極限では熱平衡が破れるため,完全な中性化はしない.最終的なイオン化 率は,より正確な取り扱いをするか,あるいは,すぐ下で求める光子との結合 が切れる時刻での温度を代入することにより,

$\displaystyle X_{\rm e}({\rm final}) \simeq 3 \times 10^{-5} \frac{{{\mit\Omega}_0}^{1/2}}{{\mit\Omega}_{\rm b0}h^2}$ (D.7.74)

と見積もることができる.

さて,光子の相互作用が切れる時期は上で得られた電子の数密度を使ってガモ フの基準 $ {\mit\Gamma}_\gamma/H = 1$ により容易に求められる.その結果,光子の 脱結合の時期は

$\displaystyle T_{\rm dec}$ $\displaystyle \simeq$ $\displaystyle 3100  {\rm K}$ (D.7.75)
$\displaystyle z_{\rm dec}$ $\displaystyle \simeq$ $\displaystyle 1150$ (D.7.76)

となる.こうして,光子が物質と相互作用できなくなると,以後光子は直進す るようになる.これを宇宙の晴れ上がりという.こうして脱結合時に最 後の散乱(最終散乱; last scattering)をした光子は,そのまま直進して我々 に届くことになる.この放射を宇宙のマイクロ波背景放射(cosmic microwave background radiation; CMB, CMBR)と呼ぶ.この放射はもともと熱 平衡状態であったものから脱結合しているため,スペクトルが黒体放射である という特徴がある.

この放射は1965年にペンジャスとウィルソンによって,ある意味で予期せず発 見された.彼らは銀河系から放射されるマイクロ波について調べようとしてい たのだが,あるはずのないノイズがどうしても取り除けないでいた.そのノイ ズは空のどの方向を向けても同じようにやってくるものであり,彼らのアンテ ナに欠陥があるのではいかと考え,それを取り除こうと大変な努力をしたそう である.どうしても取り除けないでいたところ,それは実際に宇宙全体からき ているという可能性につきあたり,結局それが世紀の大発見であることがわかっ たのである.それまでビッグバンモデルはあまり人気のあるものではなかった のだが,これにより,ビッグバン理論の観測的足場はほぼ揺るぎないものになっ ていった.

現在では人工衛星COBEによる精密な測定により,この背景放射は実際に完全な 黒体放射のスペクトルを持つことが確認され,その温度は $ T=2.725 \pm
0.001 {\rm K}$ というすばらしい精度で測定されている.宇宙論は比較的最 近まで,有効数字が1桁あるかないかの,おおざっぱな数値しか扱えないよう なものであったが,これは何桁もの数値を比較できるような「精密宇宙論」の 幕開けといえる観測であった.


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